第73話 降りやまぬ雨9
俺達が歩く歩道の隣で、車が雨水を弾きながら走行している。
「瑞穂。濡れてるじゃないか?」
瑞穂は、俺が濡れないようにと、なるべく傘を俺側に傾けているため、左肩が雨で濡れてしまっていた。
「うん、大丈夫だよ」
そう言って、少しだけ自分の方へ傘を傾けたが、まだ左肩が出ている。
「こんなことなら普通の傘を持ってくれば良かったな」
折り畳みでは、二人をカバーしきれない。
「とりあえず、駅に向かって、真っ直ぐ行けばいいのか?」
「あ、うん……」
この道路は、最寄りの駅まで真っ直ぐ伸びたバスも通る大通り。先程までいた川が下に流れる幅の広い橋を二人で歩いていく。
「そう言えば……小学生の時、記録的豪雨の日に、この川で溺れて亡くなった子がいたな」
橋のかなり下を流れる、いつもより増水した川を見下ろしながら瑞穂が言った。
「ああ、あの事故か。ニュースにも取り上げられてたな」
「うん……。朝礼でも発表されて、すごくショックだった。川の側で遊んでいて、うっかり足を滑らしちゃったんだよね。生きてれば、今は高校生だったのに……」
憐れむように目を細めながら、瑞穂は川を見下ろしている。
「そうだな」
そう言いながらも、当時の俺は、こう思っていた。
あんな豪雨の中、川縁で遊ぶなんて、馬鹿なヤツだと。単なる自業自得だろう。同情の余地もない。
バシャバシャと激しく雨が打ち付ける道を真っ直ぐ歩いていって、俺達は駅前まで着いた。
「ここから、どっちに行くんだ?」
「えっと……」
その時、雨音に混じって、瑞穂のカバンの中から着信音が響いてくる。
「ごめん、ちょっと待ってね」
瑞穂はカバンからスマホを取り出すと、電話に出た。
「はい、もしもし瑞穂です。えっと……はい、今は駅前です」
その後、短く何度か相づちを打った後、「では、お願いします」と言うと、瑞穂は電話を切る。
「誰から?」
「えっと……家族。雨だから車で迎えに来るって」
「そうか、良かったな。じゃあ、俺はこのまま自転車を押して帰るよ」
「ごめんなさい、私だけ……」
「気にするな。またな、瑞穂」
「うん」
駅ビルのところで別れると、俺は手を振り、その場を離れた。
離れた振りをして、少し離れた場所から瑞穂を見る。
家族って、誰が来るんだ?
母親か?
平日だから、おそらく父親は来ないだろう。
彼女の家族構成が、姉の瑞貴以外分からない。
十分程経った頃、瑞穂が不意に右手を振りだした。すると、一台の黒い高級車が彼女の前に止まる。
そして、運転席から五十代くらいの黒のスーツ姿の男が降りてくると、わざわざ助手席のドアを開けた。
瑞穂が「ありがとう」と言って、車に乗り込むと、スーツの男も続いて乗り込み、雨の中を車は走り去っていった。
(そう言えば、九条も学校までベンツで乗り付けていたな)
こんな平日に父親が迎えに来るのは、あまりない。あの身なりから言って、もしかすると使用人かもしれないな。
瑞穂は予想していた以上に、金持ちの家庭のお嬢様らしい。
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