第70話 降りやまぬ雨6

それから夏の熱気を帯び始めた7月。


(早川……?)


校内に、1学期期末試験の上位者が貼り出されていたが、1年の総合点上位者に見慣れない名前を見つける。俺は自分の学年をメインに他学年の上位者の名前も、いつもそれとなくチェックしてきた。その初めて見る生徒は、総合点7位に表示されている。


それまで上位にいなかったのに、途中から上がってくる者もいるから、ないことではないが、なぜか、その生徒が気になった。


ふと隣に誰かが立ったのを感じて視線を向けると、同学年の九条綾音だった。


「何よ……!また私、2番なの!?」


貼り出された結果表を憎々しげに睨む。


ちなみに2年の総合点1位は俺だ。


「悪いな」


思ってもいないことを口にし、口元に笑みを浮かべる。


「アンタって、ほんと嫌なヤツ……!」


九条はなかなかの美人だが、コクる男共を全て拒絶しているらしい。だから、秘かに男共の間では「氷の女王」と呼ばれていた。


まあ、俺には全く興味のない話だが。


「おい、九条」


氷の女王は、刃のような冷たい視線で、俺を貫いた。


「何よ?」


「この1年の総合点7位の『早川瑞貴』って生徒知ってるか?」


氷のような横顔が、2年の結果表に視線を移す。


「ああ、これ転校生でしょ?」


「転校生?」


「7月に入るちょっと前に来たのよ。朝礼で紹介してたじゃない?」


ああ……そういえば、6月の終わり、1日だけ学校を欠席したから、その時かもしれないな。


「うちの高校に来て早々、上位をさらっていったわけか」


各教科の点数を見ると、どの教科もバランス良く点を稼いでいるようだ。きっと前の高校でも、成績上位だったのだろう。


「黒崎。今度は絶対、アンタを抜くから……!」


九条はそう言い捨てると、その場を去っていった。


そして、その週の終わり。

夕方、よく待ち合わせる、あの川辺で瑞穂と落ち合った。


「これぐらいの時間になると、ちょっと涼しいですね」


朝の熱気が和らぎ、川音が心地よい。


「そうだな」


そう答えながら、隣に座る彼女を見つめる。バレッタで髪をアップにした首筋が滑らかなラインを描いている。少しだけ残された髪の筋が、時折吹く風に揺れていた。


「瑞穂」


「ん?」


川面の方を向いていた瑞穂が、こちらに向けられる。茶色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめた。


「少し前、うちの高校に早川瑞貴という生徒が転校してきた。名字が同じだから、ふと君のお姉さんのことを思い出したんだが……違うよな?」


今までの経験上、こういう何気ない勘というのは不思議と当たる。


「あ……実は、そうなんです。それ、お姉ちゃんです……」


「そうなのか。確か離れた私立に通ってると言ってたが。なぜ?」


そう聞くと、少しだけ考えるような素振りを見せてから、瑞穂は答えた。


「私はよく分かんないですけど……いろいろあったみたいで。お姉ちゃん本人が決めたみたいです。最初、お父さんとかは反対してましたけどね。お姉ちゃん、自分の意見とか、しっかり主張する人だし……。最終的には、押しきっちゃったみたいです」


気の強い性格なのか。瑞穂とは逆だな。


ふわりとした瑞穂の顔を見つめながら思った。


「でも、私はお姉ちゃんが家に戻ってきてくれて嬉しいです。私、昔から本当にお姉ちゃん子で……。離れてる時も、毎日絶対電話で話してましたし」


今までも、俺と会っている時も姉から電話が掛かってきたこともあったな。


そんな時は、俺が隣にいることも忘れているのかと思うくらい、瑞穂は話に夢中になっていた。


「もしかしたら、お姉ちゃん、私のことが心配で戻ってきたのかなぁ……なんて」


「さすがに、そのためだけで転校はしないだろう」


「それは、そうですよね」


俺の言葉に、瑞穂が微笑む。


いつも以上に明るい表情の彼女を見ていると、本当に姉のことが好きなのだと伝わってきて、心がざわつくのを感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る