第69話 降りやまぬ雨5
「待たせちゃいましたか?」
「いや。さっき来たところだ」
微かな葉擦れの音に、鈴が転がるような声が混ざる。俺の隣に、静かに瑞穂が座った。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「桜、全部散っちゃいましたね」
彼女が側にある葉桜を見上げながら言った。
「もう五月の終わりだからな」
「綺麗でしたよね。初めて会った時」
赤みがかった夕日が、彼女の横顔を照らす。
しばらく川を眺めながら、普段電話で話すような他愛のない話をしていると、瑞穂の傍らに置かれた学生カバンが振るえた。
「あ、電話鳴ってる」
彼女はカバンから白いスマホを取り出すと、画面を確認する。
「お姉ちゃんだ!」
弾むように言うと、彼女は電話に出た。
「もしもし、お姉ちゃん」
それから、瑞穂は、うんうん、そうだね……などと嬉しそうに相づちを打ち続ける。二三分通話した後、彼女は電話を切った。
「そういえば、瑞穂のお姉さんは、どこの高校に通っているんだ?」
彼女に一つ違いの姉がいることは聞いていたが、どこの高校に通っているかなど詳細を聞いていなかった。
「お姉ちゃんは……えっと、ここから離れた私立に通ってて、寮で生活してるの。お姉ちゃん、すごく頭がいいから」
そう言った後に、瑞穂はハッとしたように訂正する。
「あ、あのっ……別に榊原高校のこと悪く言っているわけじゃないですからね」
「いや、特に気にしていない」
実は俺は、中学から進学する際、担任から私立の高校を受験するよう薦められたが、経済的な理由で行けなかった。
「瑞穂の家は、金持ちなんだろうな」
ふと俗っぽいことを言ってしまう。彼女の姉の話といい、瑞穂が何気なく身に付けている小物が高そうな物が多いことといい、以前からそう感じていた。
「えっ……そんなことないですよ!ただちょっと、うるさい家なだけで」
軽く手のひらを振りながら、彼女は否定した。
「瑞穂は、どの辺りに住んでる?」
以前も聞いた質問をしてみる。ラインの中で聞いたことがあったが、何となく流されてしまったからだ。
「えっと、その……ここから、ちょっと離れた所に住んでて……」
なぜか分からないが、はぐらかす。言ってしまうと、俺が突然訪ねていきそうだからか?そんなことは、しないんだが。
それとも何か知られたくない理由が……?
考えすぎかもしれないが、今まで彼女から送られてきた写真は、ほとんどが外で撮られたもので、家の中で撮られたものがなかった。
「まあ、別に構わないけど……」
「……」
瑞穂がすまなさそうに、少しうつ向く。
「君は、来年はどこに進学する?榊原高校か?それとも、お姉さんのように私立のどこかへ?」
今は学校が互いに近いので、帰りにこうして会いやすい。
だが、何かの事情で遠方から榊原中に通っているのだとすると、榊原高校以外へ進学すると、会いづらくなるかもしれない。
「いえ、私はそんな難しい受験とかしないです!榊原高校に行く予定です」
そう答えた後、瑞穂は「しまった」という感じで、額を小突いた。
「私また、失礼なこと言ってますね……っ」
彼女の反応に、思わず小さい笑いを漏らす。
「瑞穂は、正直なんだな」
「す、すみません……!」
かぁっと顔を赤らめながら、彼女は片手で頬を押さえた。
裏表のない素直な瑞穂を。
俺とは真逆の彼女を。
話す度に、会う度に、愛しいと思うようになっていった。
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