第68話 降りやまぬ雨4
その日を境に、毎日瑞穂と電話をした。彼女の声は、不思議なざわめきと安らぎを俺に与えた。それまでにない感覚が、心の中を塗り替えていく。
毎日の電話が日課になってから、三週間ほど経った頃。
「あの……今度会えませんか?」
一つの話題が終わった時、小さな声で瑞穂が言った。
「えっと……放課後とか、もし都合がつくなら、休みの日でも……」
勇気を振り絞って伝えるような、ひた向きな声。
彼女の提案を頭の中で組み立てる。そもそも俺には、友達や親友と呼べるような人間もいない。彼女なんてものも、欲しいと思ったことがない。とにかく、不必要な物に割く時間も労力も考えなかった。
瑞穂との繋がりは、必要不必要の枠外だ。そんな定規で計れない。ただ、思いの赴くままにしてきた行動だ。
そして、いつの間にか、それは俺の中で、決まったこと、必要なことを越えていった。
「……あまり人に見られたくない」
「……えっ?」
また唐突な俺の一言に、スマホの向こうの彼女が動揺する。
「あっ……迷惑って、ことですか?」
潤んだ声が耳を揺らした。
「いや、そういう意味じゃない」
他人との会話も、必要なものしか交わしてこなかった。必要な内容は、必然と答えの選択肢も限られている。だから、その中から、最良の答えを選べばいいだけの作業だ。
だが、瑞穂との会話は、そんな決められた選択肢の外側にあった。
「嫌なわけじゃない。ただ、誰かに見られて、くだらない噂に、俺達の付き合いを邪魔されたくないだけだ」
付き合い、という言葉を口にしたのは、これが初めてだったと思う。
俺の考えが伝わったのか、付き合いという言葉が、彼女の中で何か響いたのか、明るさを取り戻した声が聞こえてきた。
「何だ、そういう意味ですね!良かったぁ」
「悪い。言葉が、いつも足りなくて」
言葉選びが、いまだに分かっていない。
「そうだな……少し日が落ちた頃、予備校に行く前に会おうか。場所は……」
「あの川辺じゃダメですか?」
それは春に初めて会った場所。
「ああ。いいよ」
「ありがとうございます……!嬉しいです」
「じゃあ、また」
「はい、また」
そして、初めて会った時から、約二ヶ月後。
あの川辺で、瑞穂と落ち合った。
夕暮れが少し差し掛かった風景に、川の水音が静かに響いている。春に咲き誇っていた桜は全て散り、生い茂る緑の葉が、風に微かに揺られていた。
勉強の合間に、一人でここに時々訪れていたが、誰かと待ち合わすなんて考えもしなかった。以前の俺なら、こんな時間を誰かと共有したいなんて思わなかった。
五分ほど経った時、背中越しに草を踏む音がする。振り返ると、そこには二ヶ月振りの彼女の笑顔があった。
「こんにちは」
あの時よりまた少しだけ伸びた茶色の髪が、黄昏の夕日を浴びて揺れている。
一瞬だけ、周囲の音が止まった気がした。
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