第67話 降りやまぬ雨3
それから瑞穂とは、ラインのやりとりが続いた。俺は基本、ラインも電話も用件がなければ使わない。無駄なことに割かれなければならないのが苦痛だった。
だが、瑞穂からは、一日の挨拶から、行った場所の写真、買った物の写真など何気ないラインが送られてきた。
一日、二三回の往復が、日が経つごとに徐々に増えていき、一日をかけて、何往復もするようになっていった。
最初は戸惑ったが、いつの間にか彼女からのラインが一日の生活の一部のようになっていた。いつもよく送られてくる時間に彼女からのラインが来ないと、なぜか気になって落ち着かない。
『今何してる?』
他人が何をしているかなんて興味のなかった俺が、彼女の行動だけは興味を引かれた。
『♪♪♪♪♪♪♪♪』
一ヶ月ほど経った、ある日。ラインの電話が鳴った。いつもメッセージだけだったので、一瞬戸惑ったが通話を繋げる。
「あ、あの……っ」
久しぶりに聞く瑞穂の声が、耳の奥を揺らした。
「どうした?」
「あ、えっと、その……ま、間違えて通話ボタン押しちゃって……!」
恥ずかしさを含みながら瑞穂が言う。
「突然で、ビックリさせて、ごめんなさい」
少しの間の後、俺は聞いた。
「切って、いいかな?」
「……えっ?」
彼女の戸惑いが、スマホ越しに伝わってくる。
「あ……さすがに迷惑ですよね。ごめんなさい……切りますね!」
焦ったように、そう言うと、彼女の方から電話が切れた。
俺は自転車をいったん道路の端に寄せると、カバンからイヤホンを取り出し両耳につける。それから再び瑞穂に電話した。
短いコール音の後、電話が繋がる。
「えっ、あ、あの……?」
かけ直されたことに驚いている彼女に言った。
「さっきは自転車に乗っていて、いったん止めて電話に出た。だから、走りながらでも通話できるようにイヤホンをつけたよ」
俺の言葉に、瑞穂の声は一気に明るく弾む。
「……そ、そうだったんですね。私、てっきり迷惑で切られちゃったんだって思ったから……」
迷惑なら、そもそも出ない。無駄な時間や行動はしない。
「言葉が足りなかった。悪い」
「い、いえ、全然!……すごく嬉しいです」
ただの言葉のやりとりが、嬉しいと感じるのか。
「そうか」
口元がふと笑うのを感じながら、俺はまた自転車を走らせる。
瑞穂の声は、心を揺らし、じわりとした温かさを残していく。
ただ話すだけで、嬉しい。
そんな感情を今まで持ったことがあるだろうか?
瑞穂は、いとも簡単に、それまで築いてきた俺の価値観を壊していく。
戸惑いながらも、決して、それが苦痛ではなく、壊されていく世界をそのまま受け入れていく自分がいた。
壊れていく世界は、温かく心地好かった。
それは、まるで物語の結末を知らない、甘いモラトリアムに似ていた。
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