第64話 ラスト・ダウト

なのに、私は「あの瞬間」まで気づかなかった。


陸斗が「智子」を選んだ、あの時まで。


失恋と同時に、私は知ったんだ。


陸斗への想いを。


思い出の中の桜吹雪が、一層激しく吹き荒れる。それは、陸斗の姿を完全に埋め尽くした。


『陸斗……!』


小学生の私が駆け寄ると、風は弱まり、次第に花びらが引いていく。


そして、現れたのは。


「うぅ……っ!」


高校生に成長した陸斗……。何かを庇うように、地面に膝をつき、蹲っていた。


「陸、斗……?」


蹲る彼の肩に触れようとすると。


「ひ……っ!」


思わず声を上げてしまった。


「美羽ぅぅ……痛い痛い痛いぃ……!!」


両手の先を失い、歪めた瞳から涙を流しながら、私を見上げる陸斗……。


小刻みに震えながら擦り合わせた先のない手首からは、どくどくと、止めどなく鮮血が溢れている。


(嫌ぁぁぁぁあ…………!!)


無惨な陸斗の姿に、これからの私自身が重なった。


どうしよう……!?


もう告白するような秘密なんてない……!!


私は、下唇を強く噛んだ。


そうしている間にも、制限時間が刻一刻と迫ってくる。


今までモニターで見てきた「敗者」の最後が頭の中を埋め尽くした。


(嫌だ……!死にたくない……!!)


「まだ決まらないのか」


目の前の彼が、妙に落ち着き払った声で聞いてきた。


「もう時間がないが」


モニターに映し出されたタイマーの表示が、気づけばもう残り5分を切っている。


「じゃあ、オレが告白しよう」


彼の言葉に、心臓が大きく跳ねあがった。


「こんなゲームに参加しなければ、誰にも死ぬまで言うつもりなかったが……」


そう前置きすると、彼は再び唇を開く。


「ダウト」


薄暗いフロアに響いた彼の声は、まるでそれ自体が死刑の宣告のように聞こえた。


一気に「死」が近づいた気がする。


心を埋め尽くしていた恐怖に、絶望が広がっていく。


黒崎さんは取り乱すこともなく、ゆっくりと唇を開いた。


「オレは、さっきのゲームの中で、二年の篠沢を不登校にさせ、それがこのダウトに関わると言った。それが、どういうことなのか今から話をしよう」


頭も心も、死の予感で一杯で、黒崎さんの声が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。


「全ての始まりは……オレが『彼女』と出会ったこと。それが、全てだ」


蝋燭の炎だけが揺らめく薄闇のフロアに、最後のダウトが響き渡る。


「彼女と出会ったのは、ちょうど2年に上がった時の春だった。始業式で午前終わりだったオレは、川縁に自転車を停めて、水面と、川の両側に咲く桜木を眺めていた」


銀の細いフレームの眼鏡の向こうで、切れ長の瞳が僅かに細められた……。

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