第63話 追憶

頭の中を解けない糸がぐるぐると絡まっていくような感覚を覚えながら、はっとしてモニターを見上げると、タイマーは「10:00」を表示していた。


何の策も浮かばないまま、もう5分費やしてしまった。


「……」


目の前に立つ黒崎さんを見ると、相変わらずこんなゲームの渦中にいるとは思えない冷静な表情だ。


(そんなにすごいダウトを持ってるの!?だから、あんなに落ち着いてられるの!?それとも、私を負けさせるための演技!?)


焦りは、彼への苛立ちを加速させる。


「何で、そんなに落ち着いてられるんですか……!?」


冷静に考えれば、自分自身の焦りをさらけ出すだけの言葉を吐いてしまった。その失態にすら気づけないほどに、私は追い詰められていた。私の言葉を静かに受け止めた黒崎さんが、聞いてくる。


「逆に君はどうして焦る?とっておきのダウトを持っているのだろう?オレに構わず出すといい」


「……っ」


彼の言葉に唇を噛み締めた。


そんなのあったら、とっくに言ってるよ!!


彼を睨み付ける。


(陸斗……)


現実逃避なのか、こんなことになる前の陸斗の姿が浮かんでくる。


小学校の時からずっと一緒だった。


側にいることが当たり前だった。当たり前すぎて、自分が陸斗をどう思っているのか気づかなかった。


喧嘩もしたけど、同じだけ笑った。


いつもいてくれたのは陸斗だけだ。


私のことを誰よりも大切にしてくれた。


私は、そんな陸斗に甘えすぎていたんだ。


小学校の入学式の時。


まだその後、そんな仲良くなるなんて何も分からない時だった。


「あれ……?」


ふと気づくと、赤いランドセルにつけてあった桜の鈴のキーホルダーがない。


「どうしよう……?」


それは、お婆ちゃんがくれた大切なお守り。桜が綺麗な神社で、私のために買ってきてくれた。


「美羽、どうしたの?もう体育館に行かないと」


グレーのスーツ姿のお母さんが言う。


「お守り落としちゃったの!」


「お守り?」


「うん。お婆ちゃんからもらった……」


お母さんはスーツからスマホを取り出し、画面を確認した。


「でも、もう入学式始まっちゃうわよ?後で探してあげるから」


「でも……」


私は諦められずに、周りを見回していた。


すると。


「なぁ」


不意に呼び掛けられて振り返ると、背が高い男の子が立っている。二年生だろうか。そんなことを思っていると。


「これ、お前が探してるやつじゃね?」


掲げた彼の右手の指先に、桜の鈴が小さく揺れていた。


「あっ、それ!」


鈴を受け取ろうと一歩踏み出した時。


一陣の春の風が吹き抜ける。


風は、彼の黒髪と鈴を揺らした。


側にある桜の木々から、たくさんの薄紅色の花びらが舞い落ちる。


桜の吹雪の中、小さく鳴る鈴の音と。


揺れた黒髪の向こうにある澄んだ黒い瞳に、私は吸い込まれた。


もしかしたら、その瞬間。


もう私は、恋に落ちていたのかもしれない……。

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