第54話 雨3

「真理ちゃん……!」


「ごぼっ……!!」


川の中から、真理ちゃんは一瞬こっちに向けて手を伸ばす。私も、彼女の方にとっさに手を伸ばした。


でも、小さな手と手は触れあうことなく、彼女は荒れ狂う濁流の中に消えていった……。


「あ……あ……っ」


私はものすごい音を立てながら流れる川をしばらく呆然と見つめていた。


激しい雨音と雷鳴が耳を打つ。


「ど……どう……し……よ……っ」


頭の中が真っ白になったまま、私はドロドロになった川縁に腰をついていた。近くから、耳の奥がビリビリするような轟音が聞こえてきた。どこかで雷が落ちたみたいだ。


「うっ……うっ……」


怖いからなのか悲しいからなのか分からない涙と嗚咽が漏れる。


(帰りたい……家に帰りたい……)


しばらく経った後、私は傍らに転がっていた傘を震える手でつかむと立ち上がった。


それから泣きながら家に帰って……。


鍵を取り出し玄関のドアを開けようとすると、内側から開いた。


「……!」


驚いて見ると、スーツ姿のお母さんが出てくる。


「美羽が心配で、いったん仕事を抜けてきたのよ」


そう言った後、お母さんが私を見て聞いてきた。


「どうしたの、美羽?傘を差さなかったの?泥と雨で、びしょ濡れじゃない!」


「こ、これは……」


濁流に飲まれていく真理ちゃんの顔を思い出し、怖くなる。


「こ、転んだ……の」


「ぬかるんでたのね。早く家に入って、シャワーを浴びなさい」


お母さんの手が、びしょ濡れの私の肩に乗せられた。


「それから、私がシャワーを浴びると、お母さんはまた仕事に戻ったわ。私は、一人ベッドの布団に頭からくるまって、ずっと震えてた……」


あの時の記憶が頭を埋めつくし、瞳を伏せる。


「このことを今まで話したことない……。ずっと話せなかった。誰にも……。私と揉み合って、真理ちゃんは川に落ちた。私が早く誰かに助けを求めていたら、真理ちゃんは助かったかもしれないのに……」


一瞬、私に伸ばされた小さな手が脳裏に甦る。


「だからね……真理ちゃんを死なせたのは、私。私が死なせたんだ」


もうずっと記憶の奥の奥にしまいこんでいたのに、何で思い出したんだろう?


残酷なゲームは、忘れていた、いや、忘れ去りたいと思っている記憶を引きずり出す……。


ふと視線を上げて、向かい側の陸斗を見ると、考え込むような表情を浮かべていた。


ショックを受けているんだろうか?


私や陸斗と同学年の生徒みんなが知ってる、あの事故の真相が分かって。


……私を軽蔑しただろうか?


そんなことを思っていると、陸斗が不可解な言葉を言う。


「その話聞けて良かったよ」


そして、陸斗は笑顔で宣言した。


「ダウト」


 

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