第48話 窯

「お菓子の家……?」


その家に近づき、そっと手で触れながら、九条さんが不安げに呟く。そんな中、さらに不気味な物語が語られる。


「グレーテルに言われ、魔女は手本を見せようと、釜の中に頭を入れた。そのスキをついて、グレーテルは魔女を熱い釜の中に押し込み、焼き殺した」


焼き殺す……。


嫌な予感しかしない……。


「グレーテルは、実は分かっていた。釜の具合を確かめさせるフリをして、魔女が自分を焼き殺そうとしていることを。だから、芝居をし、逆に魔女を焼き殺したのです」


ふと気づくと、執行人の映っていたモニターには、何も映っていなかった。


胸騒ぎがする……。


「ヘンゼルに守られるだけの弱い妹のようで、先手を打って、魔女を殺すなんて。グレーテルも、なかなか強かな女ですね」


お菓子の家には煙突らしきものがあり、そこから白い煙が立ち上っていた。


九条さんが、お菓子の家の扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。


だけど、開けた先に見えたのは、お菓子で出来た家の中ではなくて……。


深紅の炎が渦巻く釜の中。


「……!!」


慌てて扉を閉めようとした九条さんの背後に、黒い影が見えたかと思うと、二本の腕が伸びてきて、彼女を背中から勢いよく突き飛ばした。


「ギャ……ッ!!」


ほんの短い悲鳴を上げて、九条さんの体は、燃えたぎる真っ赤な釜の中に消えていく。九条さんを押した両腕は、素早く釜の扉を閉めて、さらに南京錠を掛けた。


その腕の正体は……。


紫のローブの執行人だった。


「魔女は火炙りの刑に処されるのです」


ローブの覆われていない口元が、不気味に歪む。


火炙り……。


あまりにも残酷な罰に両目を手で覆った。


少し経ち、静まりかえったモニター画面をゆっくりと確認すると……。


床に横たわる、顔も身体も、ひどい火傷で爛れた、全く動かない九条さんの姿が映し出されていた。


彼女への凄惨な罰に、心も体も凍りつくのも、束の間、それよりも冷たい声が響き渡る。


「それでは、2回戦Bチーム村上陸斗・笹原美羽ペアのゲームを行いましょうか」


狂った盤上のゲームは、止まらない。


一番来て欲しくない瞬間が、今来てしまった……。


改めて陸斗に視線を向ける。こんな状況なのに、陸斗はやっぱり落ち着いていた。


得たいの知れない不安が過る。


(陸斗……)


なぜか今までの陸斗との思い出が、走馬灯のように心を巡った。


ふと、小学生の頃を思い出す。


他の女子からイジメられていた私をかばってくれたこと。


落ち込んでると、わざと怒らせたり笑わせてくれて、元気付けてくれたこと。


(何で、今こんなこと思い出すの?)


まるで、それは、これが最後になってしまうような……そんな予感……。

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