第40話 荊

「おい……っ!?」


田部君は、手首に巻き付く結束具を睨みながら、それから逃れようとするように体を揺さぶる。


でも、手首のベルトは全く外れそうにない。


その時、田部君の背後に黒い影が近づいてくるのが見えた。


「……!!」


その気配に気づいた田部君は首だけ後ろに向ける。彼の背後に忍び寄ってきたのは……紫のローブを纏った執行人だった。


「俺をどうするつもりだよ……!?」


恐怖に顔を歪めながらも、田部君は噛みつくように叫ぶ。


「あなたにも、フェアリーテイルの一部になってもらいます」


そう言った執行人の手には、大きな銀色の鎌が握られていた。


「そ……それで殺すつもりかよ!?」


田部君が反抗するように、激しく体を揺らす。そんな恐怖に引きつる田部君とは対照的な、冷たい声が静かに響いた。


「違いますよ。これはね……」


そう言うと、執行人は両手で大鎌を勢いよく振り上げる。


「こうするのです」


冷静な声と裏腹に、すごい勢いで大鎌が田部君に向かって降り下ろされる。


「うわあぁ……!!」


でも、その大鎌は田部君の体ではなく、彼を拘束するベルトを切り裂いた。


支えを失った田部君は、塔の上から下へと落下していく。落ちていくその先は、本物なのか偽物なのか緑色のいばらのような物で、びっしりと埋め尽くされていた。


その荊の群れの中に、叩きつけられるように田部君の体は落ちていく。


「うぅ……っ」


落下した田部君の体が震えながら、ゆっくりと荊の中から起き上がろうとした。


その時、田部君は何かに気づいたように、両手を顔に当てる。


「目……目がぁ……っ!!」


両手で覆われた田部君の目の辺りから、指先の間を縫って、真っ赤な血が流れていた。


「うっ……」


少し前まで、側にいた彼の悲惨な姿に耐えきれず、一瞬画面から視線を逸らす。


そのうち彼の呻き声が止んだ。


恐る恐る、ゆっくりと目を開け、画面を見ると。


そこには、両目が、無数の棘に埋め尽くされた、仰向けに横たわる田辺君の姿があった。


「……っ」


言葉にならない感情が、私の心を埋めつくす。


そんな無惨な田部君には物ともせず、無機質な執行人の声が響いてくる。


「絶望した王子は、塔の上から身を投げた。そして、荊が突き刺さり、両目が潰れた」


ゾクリと寒気が背中を走った。


「世間知らずのラプンツェルの処女を奪った罰です」


冷ややかな声の後、横たわる田部君の姿はモニターから消え、再び真っ暗になる。


(目を潰された……)


ここまでのゲームでも、残酷な罰は見てきた。


だけど……。


自分が勝つことで、罰を受ける人間が出たのは、これが初めてだ。


(私は……悪くない!)


だって……負けていたら、私が、あのおぞましい罰を受けることになってたんだもの。


それに……田部君は嘘のダウトで、私に勝とうとしたじゃない?


だから……。


私は、悪くない……。


じわりと広がっていきそうになる罪悪感を私は必死に心の中で打ち消そうとした。


そんな私の葛藤をよそに、鋭い刃のように冷えきった声がフロアに響く。


「1回戦の勝者の皆様。おめでとうございます。貴殿方には、これより2回戦へ進む権利が与えられます。今から2回戦の対戦表をメールでお送りいたします」


(2回戦……)


まだ、この狂ったゲームが続くのかと思うと、絶望で意識を手放しそうになった。


そして、一分後。スマホが、けたたましい着信音を響かせる。震える右手で、服の中からスマホを取り出した。


(残っているのは……)


黒崎 秀一。


九条 綾音。


陸斗。


そして、私の四人。


次は、一体誰と……?


ゆっくりとスマホの画面を確認する。


「……!」


そして、再び絶望に沈んだ。


送られてきた対戦表は……。

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