第36話 回想5

「それ、彼氏だよ、絶対」


翌日、学校が終わった後、駅前のファーストフードの店内で、安田と言う男の話をすると、智子は確信したように言った。


「ただの仕事仲間かもしれないじゃない?」


私は小さく言うと、アイスミルクティーをストローで一気に飲む。


「わざわざ美羽に会わしたってことは、そういうことだよ」


智子はポテトを数本食べてから続けた。


「美羽のお父さんって、確か小学校の時、交通事故で亡くなったんだよね?それからずっと、お母さん一人で、美羽のこと育てて来たわけじゃない?だから、きっとそろそろ考えてるんだよ」


そして、私の中のあえて考えないようにしていた言葉を形にする。


「再婚」


「……」


私は飲みかけのアイスミルクティーを口から離した。


「……そんなの、おかしいよ」


「えっ?」


低く呟いた私の言葉に、智子が聞き返す。


「お父さんが死んだ時、お母さん泣きながら言ったよ?これからは美羽と二人で生きていくって……」


「美羽……」


「裏切るの……?私とお父さんを……」


手の中の紙コップが、グシャッと潰れた。外れたプラスチックの蓋の間から、白みがかった紅茶が溢れ出てくる。


「裏切るって……あんたちょっと」


「帰るね、私」


紅茶と氷の飛び散ったトレイを持つと、私は席を立ち、一人で店を後にした。


家に帰ると、玄関先に鞄を投げつけ、音を立てながら廊下を進み、和室の戸を引く。その部屋には、ゴルフバッグや、スーツ、ネクタイ、革靴、腕時計等が置いてある。


ひしゃげたビジネス用の黒のバッグのすぐ隣には、仏壇があって、お父さんの写真が立て掛けてあった。


「お父さん。お母さんが約束破ろうとしてる……」


そう言うと、写真の中のお父さんの顔が歪んだ。


「ひどいよね……まだこんなにも、この部屋は、お父さんでいっぱいなのに……」


写真の中のお父さんが、泣いている。


仏壇の横に置いてある黒い鞄は、事故当時、お父さんが持っていた物。記憶に残るからと、私はお父さんの遺体を見せてもらえなかった。


その代わりが、この鞄……。ボロボロに破れて、ひしゃげた、この鞄が、お父さんの最期を語っている。


私は、その鞄に手を伸ばし抱き締めると、和室を出て、自分の部屋に入った。ベッドに腰かけた時、ラインの通知音が鳴る。


開くと、陸斗からだった。


『智子が心配してたぞ。何かあったのか?』


私は、それには答えずに、逆に陸斗に質問する。


『陸斗が付き合ってる相手と別れる時って、どんな時?』


『……は?何で急に?』


『答えて』


少しの間があった後、こう返ってきた。


『浮気された時かな……。もう俺には気持ちないのかなって思うから』

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