第35話 回想4
その夜、レストランで食べた物も。三人で、どんな会話をしたのかも良く覚えていない。
ただ安田という男が「これからも仲良くして欲しい」そう言ったのだけは覚えている。それは、消えない刻印のように、私の心に刻まれている。
二人は、決定的なことは何も言わなかった。
でも、二人の間を流れる空気は、積み重ねてきただろう親しみを滲ませていた。
ふと気づくと、帰宅して、自分の部屋のベッドに転がっていた。いっそ早く眠ってしまえば楽なのに、考えないようにすればするほど、目が冴えていく。枕元に置いた時計の秒針の音が、やけにうるさい……。
私は一人暗闇の中で、ただ漠然とした不安に怯えていた。
平穏な日々の終わりに。
とりとめのないことが浮かんでは消え、浮かんでは消えていくうちに、私は、いつしかまどろみの中に落ちていった。
気づくと、私は、両脇にいる誰かと手を繋ぎながら歩いている。
私の体は、なぜか小さくなっていて、ちょうど小学生くらいになっていた。
見上げると、右手を繋いでいるのは、お母さん。
今度は反対側を見上げたけど。
まるで逆光のようになっていて、左手を繋いでいる相手が見えない。
でも、きっと、お父さんだ。
そう思うと、嬉しくて仕方ない。
三人で歩いているのは、遊園地。
すごいスピードで走るジェットコースターや、空中を飛ぶ飛行機の乗り物。くるくると回るコーヒーカップに、白馬達が回転するメリーゴーランド……。
そこは、まるで優しいお伽の世界。
大好きなお母さん、お父さんと一緒に過ごす、幸せの国。
『美羽。メリーゴーランドに乗ってきたら?』
お母さんが言った。
私は、遊園地の中でメリーゴーランドが一番好きだった。
『うん!』
私は元気良く答えると、お母さん、お父さんの手を離れ、くるくると回るメリーゴーランドに向かって走り出した。
その時だった。
ドンッ……!!
後ろから何かの衝撃音が響いてきた。
すると、明るかった遊園地が、突然真っ暗な闇に覆われる。
「えっ……?」
私はビックリして、後ろを振り返った。
「お父さん……お母さん……どこ?」
暗闇の中、二人を探す。少し歩いて、何かが足に当たった。
「……?」
不思議に思って、足元を見ると……そこには血まみれになったお父さんが倒れていた。
「お父さん……!」
私は慌ててしゃがむと、お父さんの体を揺り動かす。
「大丈夫、お父さ……!」
叫ぶ私の声を遮るように、お父さんの腕が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
「美羽チャン……」
(え……?)
そのくぐもった声は、お父さんじゃない。
「誰……?」
私の腕を掴んだまま、その人物がゆっくりと起き上がってくる。
「美羽チャン……僕ガ……」
上げられた血塗れの、その顔は。
「新シイ……パパ、ダヨ……」
安田と言う、あの男の顔だった。
「……はっ!」
そこで夢から覚めた。暑さとは別の汗で、全身がびっしょりだった。
「……っ」
気持ち悪さに、顔を両手で覆う。
その後、何度も寝ようとしたけれど眠れず、窓の向こうの空が明るくなっていくのをただベッドの上に横たわって見つめていた。
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