第34話 回想3

そして、春が終わり、夏の暑さが増してきた頃。


「今夜は、仕事早めに終わるから、一緒に外でご飯食べようか?」


朝、食卓でパンをかじっていると、お母さんが言う。


「うん、行く!」


私は、はりきった声で答えた。


「美羽、その時にね……。もう一人呼んでも構わない?」


「え……もう一人って?」


「同じ会社の人。いつも良くしてもらってる人なの」


「ふ~ん……」


「いつも美羽のこと話してたらね、美羽に会ってみたいって」


「まあ、いいけど……」


「ありがとう。じゃあ、今晩ね!」


お母さんは弾んだ声で答えた。


本当は良く知らない人と一緒に行きたくなかった。


だけど、お母さんが、なぜかその人を私に会わせたがっている。それが伝わって来たから。


学校にいる間も、何か落ち着かない一日だった。胸の中に、得体の知れないざわめきを感じていた。寄り道したいような気持ちに駆られながらも、学校が終わると、私は真っ直ぐ家に帰る。


自分の部屋に入り、学生鞄を投げ出して、ベッドに仰向けにダイブした。スプリングが強く体を押し返してくる。


お母さんと出掛ける……いつもなら嬉しくて心が弾むのに、今日は、いつ帰ってくるのか、ちょっと怖い。


『♪♪♪♪』


その時、ラインの通知音が鳴り響いた。フローリングに投げ出した鞄から、スマホを取り出す。見ると、お母さんからのラインだった。


『6時には帰れると思うから』


スマホの表示を見ると、6時まで、まだ時間がある。私はベッドにまた仰向けになると、智子にラインを送った。少しして、すぐに返信が来る。


それから智子と他愛のない会話をずっとしていた。形のない不安を掻き消そうとするように。


それから、6時少し前。家の玄関から鍵が開く音がした。足音が近づいて来て、部屋のドアが開けられる。


「美羽」


お母さんは部屋に入ると、ベッドに横になる私に言った。


「ご飯食べに行こう」


「……」


私は無言で起き上がると、スマホだけを制服に入れて、お母さんと一緒に部屋を出る。


家を出て駐車場に行くと、お母さんの車の助手席に誰かが乗っていた。


「誰……?」


私の呟きの後、助手席のドアが開き、中から長身のスーツ姿の男性が出てくる。


「美羽、紹介するわね。こちらは、同じ会社の安田さん」


安田と言われた男性は、微笑みながら軽く頭を下げた。


「美羽ちゃん、初めまして」


「……」


私は固まる。


(なに、この人……)


お母さんより年下に見えた。


「じゃあ行きましょう」


お母さんは、そう言うと、運転席に乗り込む。


(何で、私が後ろの座席なのよ)


心の中で呟いた。


いつもは私が座るはずの助手席には、見知らぬ安田という男が居座っている。


「次の信号を左折だよ」


「次の信号ね」


運転するお母さんに、安田という男が指示した。何か二人の間には、親しんだ空気が流れているようで、私の鼓動が不安に波打つ。


ずっと居心地の悪さを感じながら、私達三人を乗せた車は、海辺のレストランに着いた。いつも行くファミレスとは違っていて、店の外観からして高級そうな雰囲気。


「ここのイタリアン美味しいから、美羽ちゃんも、きっと気に入るよ」


安田という男は、そう言うと、私に微笑んだ。


(何で、わざわざこんな店……)


店へと入っていく二人の背中を見つめながら、私は重い足取りで続いて入っていった。

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