第33話 回想2
「え……行けなくなったの?」
土曜日の朝、食卓につくと、お母さんが申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、美羽……急に仕事が入ったのよ」
お母さんは慌ただしく身支度している。
「部署が変わって、忙しくなったの。今日は休みを取ってたんだけど、他の社員が来れなくなって、代わりに出勤して欲しいって連絡が来たのよ」
お母さんは、そう言いながら、冷蔵庫のドアを開けると、中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、飲んだ。
「……私、すごく楽しみにしてたんだよ」
膝の上に乗せた両手をぎゅっと握る。そんな私の側に、お母さんは寄ってきて、私の肩にそっと手を置いた。
「本当に、ごめん……。また近いうち、必ず連れて行ってあげるから。今日は、お友達と遊びに行ったら、どう?これ、渡しておくから」
そう言うと、お母さんはテーブルの上に、財布から取り出した一万円札を一枚置く。
そして、壁掛けの時計を見上げて言った。
「もう行かなきゃ。それじゃあね、美羽。晩御飯も、そこから好きな物食べていいからね」
お母さんは、ソファの上の黒いバッグを手にすると、家を出ていく。
「……」
私は、目の前に置かれた一万円札を見つめた。充分遊べるし、美味しいものも食べれるだろう。
でも、私が欲しいのは、これじゃない……。
急に寂しさが込み上げてきて、私は陸斗にラインを送った。少しして、返信が来る。
『じゃあ、一緒に遊園地行こう!』
一言そう書かれていた。ただの文字なのに、寂しさが少しだけ和らぐのを感じる。
『うん』
私は、陸斗に返信した。お母さんと行くはずだった遊園地に陸斗と行く約束をして、ラインを終える。
待ち合わせの駅に行くと、陸斗がもう来ていた。
「美羽!」
私を見つけた陸斗が、こちらに向かって手を振る。
「急にごめんね」
「別に」
側に行くと、陸斗は笑った。
「じゃあ、行く?」
「あ、いや……」
私の言葉に、陸斗が言葉を濁す。そこに、私達の方に近づいてくる靴音がして振り返った。
「智子……」
見ると、少しだけメイクして、いつもより可愛い服装をした智子が立っている。
「智子も呼んだの?」
陸斗に聞くと、ああ、と小さく答えた。
「じゃあ、行くか?」
陸斗は、私と智子を見て言う。
「う、うん」
私は答えると、改札にカードを通した。先に行く陸斗に聞こえないような小さな声で、隣を歩く智子が私の耳に囁く。
「元々は、村上君と私の二人で出掛ける予定だったんだ」
(二人で……?)
一瞬驚いたけど、少しだけ考えて、そういうことか……と気づいた。
「美羽が可哀想だから、一緒に遊びに行こう、って頼まれたのよ、村上君に」
「そうだったんだ……何か、ごめんね?」
私が謝ると、智子は微笑む。
「謝ることないよ。だって、私達、親友じゃない?」
「うん……」
二人でせっかくデートするところだったのに、突然参加した私のこともOK してくれた智子に、私は感謝した。
それから三人で電車に乗って、遊園地に行って。フリーパスを買い、あらゆるアトラクションを乗り倒した。人気のレストランでお昼を食べて、遊びの合間にクレープやポップコーンを買って、みんなで分けた。
三人でいると楽しくて、私は、お母さんに約束を破られた寂しさをいつのまにか忘れていた。
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