-----------episode 3:: しあわせ
「ハルちゃんは、楽しいって気持ちをいつまでも持ち続けてね。」
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「お姉さん、何か良いことでもあったの?」
10両目の一番端に座る女の人が気になって私はおもわず声をかけた。
一人で座るお姉さんは窓の外を見ながらにこにことしている。
私は、この電車の先にある場所を知っている。
中には入ったことがないけど、そこに行った人がその後どうなるかを知っている。
だからこそ、楽しそうに笑うお姉さんのことが気になった。
「そうだね、すごく楽しいことがあったよ。それはもう、時間が止まれば良いのに!って思っちゃうくらいね!」
嬉しそうな声で答えてくれたお姉さんに''お名前は?''と聞かれて''ハル!''と返す。
「ハルちゃん、可愛い名前だね。
ハルちゃんもこの電車に乗ってるってことは終末世界に行くのかな?」
不思議そうに聞かれて、私は首を左右に振る。今は奏多が横にいないからそう思われても仕方ない。
「そっか、そうだよね。ハルちゃんにはまだまだ早いもんね!」
そういうお姉さんも、私が見てきた人たちの中ではまだまだ早いのではないかなと思うのだけれど...
「お姉さんはどうして....」
私が続きを言えなくてもごもごしてると、お姉さんが引き継いで「どうしてこの電車に乗っているのか、かな?」と聞いてきたので、こくこくと首を縦に振った。
「すごく、幸せで。
すごく、楽しかったからかな。」
そう言って楽しそうに笑うお姉さんは、
たしかに、楽しそうに笑っているのに
お姉さんの中に、楽しい以外の気持ちがあるのが見えて、私はますます分からなくなった。
「ハルちゃんは、どんな事をしたら楽しいって思う?どんな時が幸せって思う?」
「んーーー、幸せってよく分からないけど友達と遊んだり、奏多とお出掛けしたりするのは楽しいよ!」
「そっか、お姉さんもお友だちと遊んだり好きな人といるとすっごく楽しいよ。
でもね、お姉さんはいっぱ楽しいことがあった後で一人になった時にすっごく虚しくなるの。
幸せってこれ以上ないくらい心が満たされた状態だから、
だからこそ、その時間が過ぎた後の虚無がとても辛いの。
ハルちゃんはお出掛けして楽しかった後、この間は楽しかったな〜って思ったときどんな気持ち?」
友達と遊んで帰ってきたとき、奏多とお出掛けして帰ってきたときを頭に思い浮かべる。1日がきらきらしてふわふわして、それで...
「また行きたいな。って次はどこへ行こうかなってもっとわくわくする!」
「そうだね、そう思えるのが一番素敵なことだよ。
お姉さんはね、楽しかった〜って思うよりも何も考えられなくなるんだ。
昔は''今日が楽しかったから次が楽しみ!''って思えていたのに、
大きくなったら、すごく楽しかった後にまたいつもの生活に戻るのがすごく辛くて、なにも考えられなくなっちゃうの。
さっきまでは確かに楽しかった、幸せだなって思ってたのに、次の瞬間には心のなかが空っぽになっちゃうの。」
心が空っぽになるって事がどんなことか全く分からなかったけど、お姉さんの雰囲気から辛いことなんだと思った。
大きくなると分かるのかな?
大きくなると空っぽになっちゃうのかな?
お姉さんを見てると、そんな未来が不安になる。
「ハルちゃんは、楽しいって気持ちをいつまでも持ち続けてね。」
''ハルちゃんなら、きっと大丈夫だよ。''
私の不安を見透かしたようにそう言って微笑む。
お姉さんは、話終わって満足したのか、荷物の中からアルバムとノートを取りだし、楽しそうにそれを眺め始めた。
私もこれ以上は頭がぐちゃぐちゃになりそうだったし、お姉さんの見ているそれを覗いてはいけない気がして''ご到着までごゆっくり!''と声をかけてその場を離れた。
しあわせってなんだろう?
楽しいって気持ちを持ち続けるのってどうすればいいんだろう?
「奏多はどんな時が幸せって思うの?」
「しあわせ?」
戻りの電車のなかで、私は奏多に問いかけてみた。
あのお姉さんは最後までにこにこと楽しそうに笑って、''元気でね!''と言って終末世界へと行ってしまった。
「んー、しあわせか。難しいな。」
突拍子もない質問にきょとんとした奏多はそのまま''うーーん''と悩んで、
そして、
「ハルと会えたときかな。」
「私と?」
「うん、ハルだけじゃないよ。今まで出会った沢山の友逹やこの電車で出会った人、両親や皇斗、ハルに会えたことが僕のしあわせかな。」
「奏多は私やみんなに会えて楽しかったの?だから幸せなの?」
お母さん、お父さん、奏多、お兄ちゃ、友達、今まであった人を思い浮かべてみる。
たしかに、みんなに会えたことはとても嬉しいと思う。でも、楽しいとはなにかが違うんじゃないのかな?
「ハル、しあわせってね。
楽しいとか嬉しいって心が満たされることもだけどね、人と人との巡り合わせって意味もあるんだよ。
」
近場にあった紙とペンで奏多は''幸せ''と''仕合わせ''を並べて書いて、''仕合わせ''を指差した。
「仕合わせって、何かをする事で合わさる偶然の巡り合わせなんだ。
良い出会いも、悪い出会いも、ハルとの出会いも全部巡り合わせ、仕合わせなんだよ。
その中で、心が満たされたことを合わせると僕のしあわせはハルやみんなとの出会いってことになるかな。」
照れ臭そうに''こんな回答でよかったかな?''って言う奏多に暖かい気持ちが込み上げてくる。
でも、
それと同時にもやもやした気持ちも込み上げてきた。
「じゃあ、あのお姉さんはしあわせじゃなかったの?すごく楽しくて幸せだったからって言ってたけど、幸せだから辛くなるって...。」
私はさっきの電車でのお姉さんとの会話を奏多に伝えた。声が震えるのはお姉さんのことを思うと泣いてしまいそうだから。
「なるほどね。
僕にはそのお姉さんの気持ちが分かる訳じゃないけど、お姉さんは幸せだったんじゃないかな?
僕も楽しい時間が過ぎた後の感覚は分かるよ。
すごく楽しかったからこそ、何も考えられなくなるんだ。
でも、それってすごく楽しい時間があって自分が満たされた気持ちになって初めて生まれるものだから。
だから、お姉さんは幸せだったんじゃないかな。」
そう言った奏多はどこか遠くを見て何かを思い出してるようだった。
「しあわせって、難しいんだね。」
「そうだね、でも悪いもんじゃないさ。」
仕合わせが巡り合わせで、
幸せが満たされたものならば、
きっと、今の私にはまだまだ先の話で、
きっと、もっと大きくなったときに本当にそう思えるときが来るような気がする。
だから、今は楽しいって気持ちを大切に持ち続けていけたらいいと思うんだ。
電車が到着する。
お家へ帰えろう。
私と奏多が住むお家へ
そして、
奏多と一緒に美味しいご飯を作って、一緒に''美味しいね!''って笑うんだ
それが、今目の前にある私の楽しいだから......
-----------------episode03:: しあわせ
終末世界 @senya
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