-----------episode 2:: 最後は手紙で
「何かお困りですか?」
かけられた声に俯いていた顔をあげる。
そこには、車掌さんと小さな女の子が立っていた。
この車両には他に乗客のいないから声をかけられたのは私であっているらしい。
乗車している上で困ったことは特にない。
むしろ、快適なくらいだ。
建物だらけの街を抜け、森や海と並んで自然の中をただ走り続ける光景は初めてで、とても穏やかな気持ちになれる。
私の心に残っているものがなければの話ではあったが。
「もしよろしければ、お話聞かせていただけませんか?」
「人に話したほうが解決するってこともあるよ!」
てっきり迷子を連れていたのかと思ったら、どうやら少女は車掌さんの連れらしい。
親子にも兄妹にも見えないけれども、仲が良さそうなのは見てとれた。
初対面の、それも一人は小さな女の子にしていい話かも悩んだけれど、生憎連れもいない私はこの気持ちを少しでも軽く出来るならとお言葉に甘えることにした。
「何も、言わなかったんです。」
手の中で握りしめていたものを見せる。
そこには、随分と可愛らしい指輪がある。
彼が、私にくれたもの。
「あなたくらいの年の時にね、雑貨屋でお揃いで買ってくれて。
''いつか、ちゃんした指輪を用意するから、そしたら結婚しよう''って。」
目の前の少女にならとても似合いそうなそれは、今の私には可愛らしすぎる。
「再来年には彼が誕生日を迎えて、籍を入れて一緒に暮らす予定だったの。
でも、叶わなくなった。」
「私ね、病気なの。
あと3か月なんだって。」
技術は進んでも、治せないものもあれば、技術が進んだからこそ新たに出てくる病気もあって、いつの時も人は自分の身体の不調には手も足もでない。
「1か月もすると身体が段々と動かなくなるって言われたの。」
「彼はきっとそれでも言いといってくれる、最後まで一緒にいようって。
でも、私には耐えられなかった。」
段々と動かなく身体、それでもと隣に居てくれる、支えてくれる、哀しんでくれる、そして......
きっと彼は、一緒に逝こうとするだろうと思った。
「私は、私のせいで彼が生きるのをやめるのが嫌。
彼が、好意だけで私を支えようとするのが嫌なの。
私には何も出来なくなる。それなら、幸せになってほしい。
私じゃない誰かでいい、私が好きだった彼を誰かに好きになってほしいの。」
「そのくせに、なにも言わずにいなくなった。酷いよね。
私以外の人と幸せになってほしいのに、私のことは忘れてほしくないの。」
お医者さんに告げられたあの日から、悩んで、泣いて。
なのに涙がこぼれる。これでよかったのかと悩んでいる。
もう、遅いのに
「お手紙、書こうよ。」
肩からさげた可愛らしいポシェットから、便せんと封筒が出てくる。
「お姉さんが思ってること、お手紙にしようよ。届けたくないなら書いてから破いちゃう!届けたくなったら、奏多がきっと届けてくれるから!ね!」
車掌さんを見上げて微笑む女子に、奏多が車掌さんの名前だと知る。
そして、
この、小さい女の子は気づいているんだ、後悔をしてるくせに、私がこの先に行くのを止めないことを。
引き返すつもりはないことを。
「ね!お姉さん、お手紙書かない?」
「そう、だね。うん、書いてみる」
差し出された便せんと封筒を受けとって、私はペンを手に取った。
「それでは、今しばらくおくつろぎください」という声とともに、二人は静かに去っていった。
さて、何から書こうかな
-----------だから、私のことを怒って。
怒って、怒って、許さないという気持ちで私を覚えてて。
そして、それを見返すくらい、優斗は幸せになって。
私に幸せをありがとう。
優香
目の前の二人に渡された手紙を読み、俺は1つため息をついた。
「わざわざ、ありがとうございます。」
ここ最近、連絡のつかなくなったあいつは、どうやら本当に連絡のつかない場所に行ってしまったらしい。
「昔から、自分の思ったように突っ走って。
気づいたときには遠くにいる。
その上、何があっても相談しようともしないし、全部自分でどうにかしようとする。
馬鹿だよなぁ、俺」
段々と声が震えていくのが分かる。
本当に、馬鹿で、全部今更なんだ。
「小さい頃からどっか行かないように繋ぎ止めなきゃ。って必死になって、指輪買って大丈夫な気になって。
何かあっても、気づいてそっと助けてやればいいや。話したくないなら無理に話さなくて良いって。
俺、最後にあいつに会ったとき気づいてたんですよ。」
今でも、思い出せる。
''遊ぼうよ!''と楽しそうに誘ってきたくせに、1日中浮かない顔をしていたあいつが。
また、溜め込んでるなとは思っていた。
また、気づいてやれたから助けてやればいいと思ってた。
「 本当にずるいよな。
あいつらしいけど 」
「まだ、間に合うよ!お兄ちゃんもお手紙書こう!便せんと封筒なら私、持ってるから!」
差し出されたそれは、今自分の手に持った彼女からのものと同じもので...
「はは、手紙が来たからびっくりしたけど、君のおかげだったか。ありがとう」
「でも、いらないよ。俺は手紙は書かない。」
目の前の女の子の顔が哀しげに歪む。
「どうして?お姉ちゃんのこと怒ってるの?」
怒ってなんか、いない。
それこそ、今更だ。
「あいつは、俺からの手紙を待っていない。
怒ってない、ずっと好きでいる。って書くことは出来る。それは俺に幸せを望むあいつには後悔になる。
怒ってるなんて、あいつ以外と幸せになるなんて、嘘でも書けない。
それに、多分あいつはそれを分かってる。」
「届かなくていいんだ。
むしろ、届かない方が、いいんだ。
だから、書かないよ。」
不思議そうな顔をする女の子に笑ってしまう。
君にはまだ、難しいだろうけど、いつか分かるときがくるさ。
でも、分かったとしても、同じ道にならないでほしいとは思う。
「君は、大切な人には正直になりな。
頼っても、困らせてもいいんだ。
むしろ、何も言わないほうが心配になるからな。」
''うん''と大きく頷く女の子に満足して、女の子のお兄さんらしき人に目を向ける。
「お忙しいとこ、ありがとうございました。
とりあえず、ゆっくり考えてみます。
来週にはあいつも戻ってくるので、それを見送ってから。」
「そう、ですね。それがいいと思いますよ。」
''では、これで''と踵を返し、来た道を戻る二人に、俺は
「ありがとう、車掌さん」
さて、これからどうするかな。
「あれで、お兄さんたちはよかったの?」
横を歩くハルが少し不服そうな声で僕を見上げてきた。
「いいんだよ、あの二人は。」
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「本当は、破こうと思ったんです。
多分、これを見たところで彼は私のことなんてお見通しだから。
でも、渡さないのも後悔しそうだから。
後悔するくらいなら、いっそ渡して''言うと思ったよ''って笑ってほしいと思ったから。
これを届けてください。」
そういって、彼女は手紙を差し出してきた。
''手紙を書くのって照れるますね''って笑う彼女には、最初の浮かない顔はもうない。
「素敵な終末世界を」
電車が動きだし、笑顔で手を振ってる彼女が段々と遠のく。
電車は再び、僕たちだけを乗せて街へと戻っていく。
「さて、ハル。戻ったらもう一仕事だよ。」
彼女の最後を、届けに行こう
-----------episode 2:: 最後は手紙で
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