終末世界
@senya
-----------episode 1:: 2人の時間
「扉が閉まります。お見送りの方はお下がりください。」
プシュー、音ともに扉がしまる。
今月2回目の銀河電車が、発車する。
3時間の電車移動の末、乗客たちは皆終末世界へと辿りつく。
安らかな終わりを迎えたい人達の最後の楽園へと。
ロボットが急激に発達したこの世界で、人は働く必要を失った。それにともなって家庭が増え、人口が増加の一途をたどった。
人と土地の割合が崩れ始めたころ、世界政府はあるひとつの計画を実行にうつした。
それが、終末世界。
主に人生を謳歌した人達が最後の時をゆっくりと心地よく終われるようにと作られたその場所は様々な理由、環境、生活から色々な人を迎えることとなった。
ロボットによって衣食住から娯楽に至るまで用意されたこの終末世界で人々は最後時間を思い思いに過ごす。
「ご乗車ありがとうございます。本電車は約3時間の走行し終末世界へ到着いたします。なお、サービスロボットが車内をまわっておりますので、お弁当、お飲み物など何でもお申し付けください。この後車掌も車内をまわりますので、ご用の際はお声かけください。
」
車内マイクのスイッチを切り、一息。
アナウンスの間静かにこちらを見ていたハルが座っていた椅子から降りた。
「おつかれさま。」
「ありがとう、さて行こうか?」
ハルがコクリとうなずく。
窮屈だからと脱いでいた帽子を被り、僕は車内へと続く扉を開けた。
車内では約100人の乗客が10両編成のこの電車で思い思いの時間を過ごしている。
時おりかけられる声に答えながら僕たちはまず、1両目から10両目まで歩き再び1両目へと引き返して歩く。
「あら、可愛らしいお嬢さん。良かったらミカンでも食べる?」
コンパートメント作りになっている3から8両目を抜けて2両目に入ったとき、横から声がかかった。
ボックス席に座る2人の夫婦らしき男女。
ハルへと差し出されたみかんは、男性の持っているネットの中から出されたものであった。
ハルが僕を見上げてくる。
それに1度だけ首を縦に振ると、ハルは女性からみかんを受け取り「ありがとう」と微笑んだ。
「ありがとうございます。何かお困りの事とかはございませんか?」
みかんを大切そうに手に包み込むハルの頭を撫で、二人にお礼を言う。
「車掌さんもどうぞ。これは、最後にって娘が持たせてくれた私達の好物なんですよ。」
今度は男性が僕にみかんを差し出した。
「ありがとうございます。では、最後のお見送りも娘さんが?」
「はい、娘家族に見送ってもらいました。」
嬉しそうに女性は微笑み、男性は穏やかに頷いた。
「?じゃあ、どうして終末世界へ行こうと思ったの?」
ハルが不思議そうに2人に問いかけた。
少し困った顔で、女性は答えた。
「家族に看取られる最後も考えたんだけどねぇ、どうせなら2人で静かに終わりたいって思ったからかな。」
「あっちだと一緒にってのは難しいし、かなり騒がしいから、ゆっくりも難しそうでね。最後くらいは2人になりたいのさ」
そう言って顔を見合せ、幸せそうに笑う2人。2人だけで過ごしてきた時間が、この最後を選んだと思うととても素敵な物にみえた。
ハルは不思議そうに首を傾げている。
このご時世、1つの家に何世帯もが暮らしていることは珍しくない。むしろ、大半がそうだ。
それでも、僕と2人暮しのハルにとっては人がいっぱいいる家など想像がつかないのだろう。
もう一度ハルの頭を撫でた。
夫婦は過去を懐かしむように思いで話を始めた。
「みかん、ありがとうございます。ご到着まで今しばらくおくつろぎください。」
僕は1度頭を下げてから、ハルを連れて再び車掌室の方へと向かった。
電車はそれから、1時間ほどで目的地へと辿り着いた。
終末世界のホームはこれといった特徴のないありふれた駅に見える。
線路、ホームドア、端から端までのびるプラットホームに終末世界へと続く駅舎のような建物の入り口。唯一違うと思えるところは、建物内にある駅のプラットホームは灰色ではなく、白いところだ。
この白は雰囲気のためにデザインされたものであると言う話は聞いたことがある。
電車が止まったことを確認して、ホームドアと、電車のドアを開ける。
「皆様お疲れ様でした。終末世界に到着いたしました。お忘れものがないようにお気をつけてお降りください。」
乗客が皆ホームへと降り立ち、順番に駅舎の方へと歩いていく。
僕の仕事はここまでだ。
「車掌さん、お嬢さん、ありがとうございました。」
声をかけてきたのは先程の夫婦。
「こちらこそ、ありがとうございました。
どうぞ、素敵な終末を」
「ふふ、ありがとう。車掌さんもお嬢さんもお元気で」
電車が発車する。再び街へと帰るため。
「さようなら」
ハルが窓越しに大きく手を振っている。
見送ってくれている夫婦が、ホームが、終末世界が、小さく小さくなりやがて見えなくなった。
2人しかいない電車の中はとても静かで、僕たちは1つのコンパートメントの中で夫婦にもらったみかんを食べた。
とても、甘くて、少しだけ酸っぱかった。
あの人たちはあそこで1週間を自由に過ごし、最後を迎える。
この電車は片道切符だから、もうあの人たちに会うことはない。
来週には、また新しい人がこの電車に乗り、終末世界へと向かう。
銀河電車に揺られながら------
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