二章 ニセモノ聖女の奮闘 ②
「ああ、聖女様! ご無事でしたか! 急に出て行かれるのでどうしたのかと。やはり、ここにいるのはよくありません。川縁で
ゲオルクの
「いいえ。
「えっ、で、ですが、もう十分では?」
「君も責任者なら、誤解を与えるような行動は
リカルドがぴしゃりと言い放つと、ゲオルクは「いえっ、そんなことは」と言葉を
中では先ほどのように、男性達が作業していた。しかし、理沙の姿を見つけると、
「あっ、聖女様! 先ほどはどうされたんですか? 具合が悪くなったとか?」
「俺達のなにかが悪かったんでしょうか……?」
彼らの不安げな様子に、理沙は改めてリカルドが言った「採掘者達が不安に思う」という言葉を
「……皆さんはなにも悪くありません」
「
リカルドがさらりと言い
「確かに、俺達も
一人がズボンのポケットから布を取り出して差し出す。しかし、何か気付いたように声を上げた。
「あっ、これ顔拭き用のやつだった! すいません……」
「いえ。私は大丈夫ですから」
布を差し出してきたのは、まだあどけなさの残る若い青年だった。
「ふふ。俺達真っ黒ですよね? 聖女様の色とおそろいだ」
聖女の黒い
──彼らは……、彼らこそ、ルシアンでいう奇跡の色である黒を
そして彼らの支えが、『聖女』という存在だった。自分のことしか考えていなかったことを、改めて
「せ、聖女様? どうして泣いてるんですか?」
「……大丈夫です。もう平気です」
心配をかけてはいけないと、理沙は
──どうすればいい? どうすれば、彼らの心に寄り添えるだろうか。
「もっと
理沙が決然と顔を上げて言うと、採掘者達は
とりあえず、理沙達は採掘者達を連れて外へと出て来た。責任者であるはずのゲオルクは絶対に中には入ってこず、理沙が採掘者達を引き連れてきた時には
理沙はゲオルクが口を開く前に言った。
「採掘者達に話を聞きたいので、外に出てもらうよう私が言いました」
「ですが聖女様。本来ならこの時間はまだ仕事中で……」
「あれ? 今日は採掘をしていないって、最初に言っていたよね。だったらいいじゃないか」
背後にいたリカルドが、
「後で
「ん? なんだい」
理沙はくるりと向き直って言った。
「ゲオルクさんが用意してくださった休憩所に、二人で先に行っていてください。私は採掘者さん達の話を聞いてから行きますから」
このままゲオルクがいれば、採掘者達は本音を言えないだろう。リカルドという
「……いやだ、ってそんな子供みたいなこと言わないでください」
理沙が
「仲間外れにするなんて、
そう言うと、リカルドは静かに佇んでいた自分の側近に声をかけた。
「ゲオルクはこの採掘場の責任者だ。貴重な話もしてもらえるだろう。勉強しておいで、オスカー」
オスカーは心なしか口元を引きつらせたように見えたが、次の
理沙は採掘者達から様々なことを聞いた。
結果、理沙は内心で
──でも、ゲオルクに文句を言っても根本的な解決にならない。こんな労働環境を許しているのは、すべての責任者である
その後、採掘者はもう一度採掘場とその周辺を案内してくれた。先ほどは気付かなかったが、坑道の少し離れた所には、小さなくぼみがある。
「ここは礼拝堂なんです」
背中を
また採掘場へ入っていく。坑道内を歩き続けて、採掘している広い場所へと出た。その時、横に立ったザックが
「おい。さっきからお前の指輪、なんか光ってないか」
「え?」
理沙は自分の指にはめているダイヤの指輪を見た。確かに、
当たり前だが、もとの世界で指輪が光るなどという現象は起こったことがない。この世界に来てからも、なかったはずだった。
「最初に
「そうなんですか? 気付かなかった……、って、うわっ」
指輪に気を取られていると、でこぼこの地面に足をとられて転んでしまう。
「
差し延べられたリカルドの手を取ろうとした時。理沙は地面に、
「……これは……」
理沙が転んだことに心配して駆け寄ってきた採掘者の一人が、理沙の持っているものを見て苦笑いした。
「ああ。それはこの採掘場で時々採れる石なんですが、あまりの
理沙は目を見開いた。
──ちょっと待って……。
他の石を傷つけるほどの
「……
それは世界一有名な宝石といってもいいだろう。永遠の
「これ、ダイヤモンドの原石だ……!」
「だいやもんど……? なんですか、それは」
採掘者達は、一様に首を
理沙は自身の指輪を指差して
「これがダイヤモンドです! この石は、これの原石なんですよ!」
「こ、こんな見たこともない
採掘者達が信じられないといった顔で言う。リカルドもまじまじと指輪を見つめた。
「暗いから見えづらいけど、研磨の技術がすごいことは
「技術があれば、可能です」
コンピューターも現代の研磨機などもないので、ここまでの
「ああもうどうしよう、ダイヤモンドの原石なんて初めて見た……!」
理沙はドキドキと高鳴る心臓を
「……ここ、掘ってみてもらっていいですか?」
採掘者達が
「どうして分かったんですか!?」
驚く声を耳にして、しかし理沙こそが一番驚いていた。理沙は確信を深めようと、指輪を岩肌に近付けながら、歩き出す。また、光る場所があった。
──宝石の鉱脈を発見すると光るってこと?
「なんなのこれ! どうしちゃったの私の指輪!」
理沙はわけが分からず自身の指輪を見つめる。
「すごい! 聖女様はやはり
「ええ? いやっ、私がもたらしたわけじゃないっていうか……!」
採掘者達がまた
──と、とにかく指輪の件は後で考えよう。
奇跡でもなんでもなく、今理沙ができることがあるからだ。採掘者達にダイヤモンドの原石をいくつか分けてもらい、理沙はその足で宝石を研磨する
ゲオルクに事情を説明し、彼を伴って理沙達は城に
理沙は自分にできることから始めてみようと、胸の内で決意していた。ジュエリー会社で働く自分だからこそやれることがあるのかもしれないと、ぎゅっと両手を
工房のあるメルヒオールという街は、採掘場があるクラウゼン村から馬車で二十分ほどの近さだった。ここはルシアン王国の宝石の研磨と
馬車は
──なにこれ。暗すぎる!
まだ日は
部屋には二十人ほどの人々が
ゲオルクが「マルコ」と名前を呼んだ。すると
「聖女様。こちらはこの工房の責任者であるマルコ・キルシュです」
「初めまして。リサと申します」
「さっそくですが、こちらの石を研磨していただきたいんです」
理沙は
「これはだめだ。硬くて研磨機がだめになる。前も持ってきて失敗した。知らないのか」
ダイヤモンドの歴史は、研磨の
しかし先人の職人達は
「磨く方法があるんです」
「
「こ、小娘とは何事だ! こちらは聖女様だぞ!」
ゲオルクが目を
「聖女様が奇跡でも起こしてくれるってのか?」
「ダイヤモンドは、ダイヤモンドで磨くんです」
「……なに?」
マルコが
この発見から、ダイヤモンドの価値は
「お願いです、やってみてください。どうしてもだめなら、道具だけでも貸してもらえませんか。あの、私、磨いてみるんで」
技術など全くないがやるしかない。一歩も引かない理沙の
「
理沙の手から、しぶしぶ原石を受け取る。そして説明した通りに石を磨き始めた。手作業で時間がかかるが、
「……おお……!」
集まってきた
理沙は知らなかった。
理沙達が城に帰った後、採掘場と工房では人々が興奮気味に
様々な人々の口にその話題は上り、
『聖女は採掘場で
そんな
聖女がこの地に奇跡をたずさえ舞い降りたのだと、ルシアンの
城に戻った理沙は、翌朝からさっそく行動を開始した。
朝一番に、ロレンツに面会を申し出る。護衛のザックはまだ
「ザック。
「ああ? 挨拶しろって
「……今から付け足していいですか?」
「だめだ」
注意しても全く
理沙とザックの姿を見て、ロレンツが椅子から立ち上がって
「おはようございます、ロレンツ王子。朝早くに時間を作ってもらってすみません」
「いいんです。昨日は僕の代わりに視察を務めてくださって、お
ロレンツに
「
「提案ですか?」
「昨日、この国では新しい宝石となる、ダイヤモンドの原石が発見されたんです」
理沙が原石を発見した
「リサ様が新しい宝石を発見した事実は大きいと思います。聖女の
「うーん。そんなことはないと思いますが」
本当に自分が
「でもまあ、とにかくこれは宝石だと言ったのは私です。それで、このダイヤモンドの採掘から
ようやく本題に入った。ロレンツは理沙の提案に驚いた顔を見せる。
「僕と、ですか?」
「ええ。仮に聖女の威光があるとしても、それは表面上のことです。きちんとした後ろ
「後ろ盾というのはつまり、王子である僕の地位と、あとは資金面でのことですか?」
理沙の言いたいことを
「まあ! いいじゃないですか、ロレンツ様!」、「私達、
「でもそれなら、
「私はロレンツ王子がいいんです」
理沙は言い聞かせるようにして伝える。途端にロレンツの目のふちが赤くなった。
「ロレンツ王子は、立派な王になるために努力されています。そういうロレンツ王子だから
体が弱いせいで、周囲から心ない言葉も
「次代の王が事業をやることで、国民も自分達の国はこれからも
「……リサ様……」
「ですが、やるからには成功させなくちゃいけません。宝石事業は国家事業でもあります。国民の税と労働を
ロレンツは
「僕はずっと、王子として国の
理沙はロレンツに片手を差し出した。察したロレンツが力強く握り返してくる。
「では、パートナー成立ですね」
「ぱーとなー?」
きょとんとするロレンツに、理沙は頷く。
「お
ロレンツはその意味を
理沙はもうひとつ、城に
それは、宰相が
実は
ルシアン王国物語の中では、宰相は裏帳簿を書き記し、それを
裏帳簿探しをひとりでやるのは心もとない。協力者が必要だ。理沙はザックに見張りを
隠し場所は分かってる。城の書庫にある、小さな物置部屋だ。そこは
──って、本には書いてあったけど。
午後を少し回った時間、現在国王と宰相は会議の真っただ中だ。このスケジュールを入手するのも大変だった。ラードルフはなかなか自身の動向を
司書からも見られないように小部屋に入って、息を整える。
「えっと。西側の壁の、右から四列目、上から十五個目の石……」
理沙は人差し指で
「…………ない………」
すっと心臓が冷えた。心の底で
──やっぱり、本の内容は絶対じゃない……。
確かに本の通り、隠し場所となるところはあった。しかし、現実に裏帳簿はない。理沙が未来を変えてしまったからないのか、それとも……。
理沙はもっと目を
「まさか、宰相が……」
──隠し場所を変えた?
「──なにしてるの?」
「………っ!」
理沙がビクッと
「なっ、なんでここに」
「それはこっちの
「こそこそなんてしてないです」
「そう? ザックも付けずに、
リカルドは
「内緒って、意味が分かりません」
隠さなければと体をずらそうとした時、リカルドの手が壁をつき、理沙は彼の腕の中に
「な、なにしてるんですか……。放してください」
「まだ俺の質問に答えてないよ。こんな場所に、なんの用があって来たの」
「本を見ていただけです」
「君は
さあ秘密を話してというように、指が理沙の
理沙はぐっと
「放し……!」
「──リカルド様!」
オスカーの
理沙とリカルドの間にはザックの姿がある。リカルドのすらりとした首元には、ザックが押し付けた
リカルドは
「……来るのが
「こいつから離れろ」
「はいはい」
後ずさったリカルドは、目を瞬かせる理沙に微笑んだ。
「ザック相手じゃ俺達に分が悪い。退散するよ」
そうしてオスカーを
「俺達も出るぞ」とザックが理沙の肩を
書庫を
「あいつになにかされたのか?」
「……ううん。
しかし、明らかに理沙を
──『なんの用があって来たの』なんて……。
そんなことはこちらだって聞きたかった。理沙の姿が不審だったからついてきたと言っていたが、信じられない。仮に本当だとしても、
「気を付けろ」
ふいに、ザックが口を開いた。
「あの王子を信用するな」
ザックもまた、リカルドに秘密の
リカルドの秘密。それはどうして彼がこの国に来たのかという疑問に立ち戻っていく。理沙は何気なく視線を下げ、視界に入った自分の右手を見つめた。ダイヤモンドの指輪がはめられている。それを見た
なにもかもを手にしているキンバリーという大国が、
──もしキンバリーが、ルシアンの宝石を狙っているのだとしたらどうだろう?
今は労働者達が
──つまりこの国に来たのは、ルシアンに攻め込むための……視察?
自分の想像に、ゴクリと
──ほんの少しだけだけど、リカルド王子という人のことを知れたと思ったのに。
採掘場で見せた王子としての姿、理沙を立ち上がらせてくれた
聖女様の宝石箱 ダイヤモンドではじめる異世界改革/文野あかね 角川ビーンズ文庫 @beans
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