第5話 人を食べるってことだよ

「知り合いなの?」

 わたしの問いに、サクラは視線を外して答えます。

「知り合いというほどのものじゃないけど、知らないわけじゃないよ……。しいて言えば、顔と名前だけは知ってる隣人みたいなものかな。顔を合わせれば挨拶はするけど、一方的にこっちが相手の姿を見つけただけならわざわざ声をかけにはいかない感じ」


 その返答は歯切れの悪いものでした。例えるのなら、変な服装で授業参観に来た両親を友人に晒すのが恥ずかしいという感じでしょうか。そんな態度のサクラを気にしつつも、わたしは床に四つん這いになっている彼の身体の一部分の方が気になってしまいました。


「あの人、関係者じゃない」

 犬みたいに床に鼻を押しつけている彼の腕にはオレンジ色の腕章がついていませんでした。もちろん、わたしの知り合いではないので、風紀委員会に所属しているはずもありません。ここは事件現場。今は関係者以外は立ち入り禁止、つまりキープアウトなのですから、部外者がこの場所にいるのは明らかにおかしいですし、現場を荒らされてしまう可能性があるのでむしろマイナスとさえ言えるでしょう。素人は出て行きやがれ、という状況なのです。


「ちょっと、注意してくる。遊びたいなら公園にでも行ってもらわなきゃ」

 少し憤りを感じながら一歩を踏み出したわたしの腕を、サクラがぎゅっと掴みます。

「いいよ、いいよ。あいつはいいから。触らぬ神に祟りなし。関わらない方が身のため、世のため、人のためってね」

「で、でも」

「いいから、いいから」

「いや、そういうわけにもいかないよ。仕事の邪魔だし。気分が悪いよ」

「たしかにあの動きは気持ち悪いよね」

「いや、動きのことじゃないけど……と、とにかく行ってくる」

 そう言って、再び前に進みだそうとするわたしを、サクラがさらに強い力で引き止めてきました。

「大・丈・夫――だから」その声が、その瞳が、やけに力強くわたしに訴えかけてきます。「面倒なことになるから、いろいろと。ホントに面倒なことに」

「面倒?」

「そうだよ、面倒だよ」サクラはぐっと顔を近づけてきます。「例えるならね、やけに話しかけてくるコンビニのスタッフみたいなもんだよ。ちょっと目が合っただけなのに好意を持っていると勘違いされちゃった、みたいな。うざいよ、アレは。今日はメロンパンの気分ですか、なんて訊いて来るんだから」

「よくわかんない、例えなんだけど」


 モデル級の美少女であるサクラは知らない人に声をかけられることが珍しくないのかもしれませんが、わたしはそのような類の人間ではありません。コンビニの店員さんに話しかけられたことなど一度もないのです。


「じゃあ、アレだよ。家電量販店でこっちがもとめてないのにやたら商品の説明をしてくるスタッフ。何でもかんでも薦めてくるからどれがいいんだかわからなくなっちゃう。商品に対する愛がないんだよ、愛が。お薦めを一つに絞れないんだから」

「いや、それもよくわかんない。てか、スタッフさんに話しかけられすぎでしょ」

 家電量販店に行く前に、自分の買いたいものの詳細はあらかじめ調べてから店に行くタイプのわたしは、実際の商品を見てみて納得できたらすぐに買ってしまうので、スタッフさんの説明を長々しく聞いたことはありません。


 うう、と軽く唸ってから、もうネタはないと言わんばかりにサクラはこう言います。

「まあまあ、気にしない。そういうのは感覚の問題だから、共感できないこともあるよ。ノーシンパシーってね。それにあいつは大丈夫。たぶん、風紀委員会にとって、まったくの他人ってわけでもないから。友達の友達、みたいな」

「それって他人じゃん」

「敵の敵は味方ってな感じだよ」

「え?」

「と、とにかく大丈夫だから。きっとお姉ちゃんに話しは通ってるし」

「話は通ってる?」


 どういうことだろう、と首を傾げたわたしは、その疑問を口にしようとしたのですが、わたしたちの元に一人の女の子がやってきたことで疑問の解決が妨げられます。まあ、彼に対するしこりはありますが、サクラが注意をしなくても大丈夫だというのでそれを信じることにしましょう。


「おっすっす」

 小さな小動物を思わせる愛くるしいくりくりとした瞳でわたしたちに近づいてきたのは、準風紀委員会の鑑識班に所属している女の子――水野シロでした。茶色いボブカットの上につば付きの帽子を被せているシロは、にこにこと微笑んでいます。わたしとサクラが、おはよう、と挨拶をすると、シロは、どうもです、と答えてから話を続けます。

「どしたの? なんか別れ話をしてるカップルみたいにもめてたみたいだけど」

「いや、あの人が気になって」

 わたしの視線はサクラが関わらない方がいいと言った金髪の男子生徒へと向かいます。

「ああ、あの殿方か」シロは一度、金髪の男子生徒に視線を向けてからわたしを見ました。「あの殿方は助っ人らしいよ。会長が派遣したみたい」

「ああ、やっぱり……」

 シロの回答を聞いて、サクラがうなだれます。どういうこと、と疑問を浮かべるわたしに、サクラは言いました。

「お姉ちゃんが言ってたんだよね、『あの子を使っちゃおうかな』って。あいつ、頭は変だけど、悪くはないからね」

「まあ、たしかに」シロが続きます。「変だけど、悪くはないね」

「ねえ、シロからもマナカに言ってよ。あの男に関わらない方がいいって」

「どゆこと?」

「いや、正義感が強すぎる渋谷マナカが現場を荒らしているあの男を叱りに行こうとしてるんだよね。ほっとくのが一番なのに。シロもそう思うでしょ?」

「え?」シロはチラリとわたしをみてからサクラに視線を戻し、少し考えるような仕草をみせてから口を開きました。「まあ、そだね。関わらないのが身のためかもね。でも、経験として関わってみるのも悪くないかも……なんてね」

「ちょ、ちょっとシロ。そんな言い方したら、マナカがその気になっちゃうじゃん。勘弁してよ」

 サクラとシロは二人そろって、再び金髪の男子生徒を見ました。つられてわたしも視線を同じ方向へと向けてしまいます。金髪の男子生徒はいつのまにか床に這いつくばるのをやめ、顔をくり抜かれ、血で染まった絵画の正面に立ちながら、なぜかスティックタイプのチョコレートを食べていました。

「あの人、あんなところでっ」

 犯行現場で飲食をするなんて言語道断です。現場を荒らされたことにより捜査が混乱する可能性があるのですから。


 今度こそ一言、物申してやろう。そう意気込みながら一歩を踏み出すわたしの腕を、再びサクラが掴みます。

「だから、関わらない方がいいって」

「でも、現場が荒れちゃうっ」

 憤るわたしに、シロが言います。

「大丈夫。もうあの辺は調べたし、それに荒れるも何もないよ。すでにいろんな人が出入りしちゃってるから」

「だ、だったらいいけど」


 鑑識班であるシロに大丈夫だと言われれば、それを信じるしかありません。憤りを強引に抑え、わたしは金髪の男子生徒の元へ向うのをやめました。そんなわたしにシロは言います。


「ねえ、マナカ。あの殿方のこと知らないの?」

 不思議そうに訊ねるシロの姿に、わたしはなぜか自分が何かを失敗したような気分になってしまいました。金髪の男子生徒。彼のことは知っていて当たり前、という雰囲気が出ていたからです。

 そんなわたしの気持ちを表情で察したのか、シロはわたしが何も答える前に話を続けます。

「あの殿方は一年B組の真田ロミオ。通称——『人喰い』、なんて言われてるよ」

「ヒトクイ?」

 首を傾げるわたしに、シロは顔を近づけて来てこう囁きました。

「カニバリズム。つまり――人を食べるってことだよ。だから、人喰い、だね」

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