第15話 襲撃

サーナは目の前にいる強大な存在を前に冷静だった。

彼女の冷え切ったような感情は敵にただ殺意を向けるだけ。


反対に敵である、魔力の翼をもった男は嗤っていた。


「さすがは歴代最高の才能を持つ勇者。戦況を的確に把握している。私に傷をつけた少年は驚きましたが、君たちでは私を殺せないことを理解し仲間を逃がしましたか」


流暢に回りくどく話をする男にサーナは顔をしかめる。

しかし、彼女には容易に動くことはできない。


いくら差があるとはいえでもクリアスが認めた少年をいとも簡単に倒した。


その事実が警戒するには十分なものだった。


だが


「一つ勘違いしてるみたいですね。私は…」


サーナは剣を抜く。

男はそれを見て笑い攻撃に備える。


「あなたを殺します」



純粋な殺意。


その瞬間、森が消えた。


いや正確には彼女たちを中心として一キロほどが更地に変わった。


「さすがは勇者だ今の一撃は肝が冷えた」


男は変わらずに立っていた。

しかし、先ほどまでの笑いはない。


だが、その一撃で終わらない。


ガァンッ


と男の魔力で強化された腕と剣が交錯する。


その衝撃があたりを揺さぶり相殺はされずに破壊という結果が周囲に及ぼされる。


そこから幾重ものぶつかり合いにより辺りはクレータのように抉れていた。


「勇者よ私にばかり気を取られていいのか?」

「平気ですよ意外と皆さん強いんですよ。あなたこそ私に気を取られていいんですか?」


交わす言葉は決して親愛などではない、だが旧知の仲のように互いに意味を理解する。


「ならばこのダンスを楽しもうではないか。最後に後悔するのはどちらかな?」

「さぁ、でもあの少年を逃がしたのは失敗でしたね」

「ほぉだが、あれを見ても?」

「あれは…」


彼女の目に映るのは想像もし得なかったもの。


それは間違いなく現在ではサーナとクリアスの二人しか対処できないもの。


だが


「それで負けるなら私の代わりなんて務まりませんよ」


嗤う。


そこからは純粋な戦闘。


サーナが魔法と剣技で押すが、男の魔力の翼が純粋な破壊となりサーナに迫り剣と素手というリーチ差を覆していた。


放射状で迫る翼の性質上、剣で防ぐという手段が使えていなかった。


サーナは不利な状況にはなるもののその状況を維持できていたのは無尽蔵に近い男の魔力を翼越しに吸収し魔力差のアドバンテージを埋めることに成功していたからに他ならなかった。


(倒しきるにはまだ足りてない)


決して彼女の有利なる要素はどこにもなくじり貧となっていく。



******


「ふわぁ、やっぱりねー」


クリアスは一人森の中で欠伸をしながら目の前にあるものに納得をしていた。


それは森を踏み荒らし進軍してくる魔王因子の魔物たちの姿。


「この数をすべてというのは厳しいし裏に少しは頼むかな」


そういって彼女は動き出す。

最強の吸血鬼と呼ばれる彼女は純粋な身体能力は化け物じみたものであり、その耐久力も現代で言うなら核の衝撃だけなら生き残れるレベルである。


だが彼女の本質はそこにはない。


血や魔力を媒介にした魔法による殲滅戦である。


それは魔物、人間問わず、ましては血の有無も関係なく、魔力あるすべての存在相手の傷から魔力を、血を奪い武器とし防具とし、魔法とする。


その光景はまさしく血の女王。


血や魔力は彼女認識の外へと飛び魔物たちを串刺しとする。


最初に見せた彼女の制服姿はなく血でできたドレスと外套に身を包んで血で翼を編み込み飛翔する彼女の姿があった。


「さぁ戦争を・・・」


炎が彼女を包む。

それは彼女のいる遥か上空から放たれたものであり、その熱量は大地が溶けあたりがそれだけでも熱気に包まれるほどのもの。


しかし


「あら、あれはドラゴン・・・いえこの弱り切った炎ドラゴンゾンビかしら?」


彼女は至って傷を負っておらず、不敵な笑みを浮かべていた。


「あれは私の仕事ではないし、異界の勇者でどうにかできるでしょう」


そう言って彼女は大きく翼を広げる。

真っ赤な翼は禍々しくその形を切り離していく。


「戦争をしましょ♪私にあなた達すべての血を献上しなさい」


切り離された翼は弾丸のように弾幕となり魔物に迫る。

魔物は弾幕に耐え切れずミンチとなり吹き飛んでいく。それでも彼女の後ろへと歩みを進む魔物は要るが彼女は敢えてそれを見逃していく。


彼女の血の弾幕は消えることなくむしろ勢いをどんどんと増していきやがて見逃す魔物はなく殲滅していく。


「さーてと今回は私が納めてるけどこの戦争はいずれ君たちが行うものだからね」


彼女は後ろに目を向けてそう言うのだった。


****


ルミアネ、アーニア、ルーガスは森の中を走っていた。


できるだけサーナの先頭邪魔にならないように彼女たちは移動しており、ルーガスの背には気絶した名無しの勇者がいた。


「くそっ!!ルミアネの魔法とアニーアの結界のおかげでどうにかなってるが魔物が多すぎる」


ルーガス達が止まれない理由が現状大量の魔物が森の中で興奮状態となり暴れており、安全な場所を見つけられずにいた。


「お兄様一先ず、町のほうに向かいましょう」

「わかってる!!だが、ルミアネの魔力は大丈夫なのか?ってルミアネ!?」


気が付けばルミアネの姿はなくルーガスが振り返ると息を切らして蹲りながらもルーガス達の進路上の魔物に向かって魔法を放つルミアネの姿があった。


「おい!大丈夫か!?」

「だ、だい・・・はぁ・・・はぁ、疲れた・・・だけ」


行き絶え絶えの彼女だがその理由はその貧弱な体力にあった。

魔法を打つだけなら彼女が倒れることはないしかし、彼女にはもともと走る体力はなく彼女の体力は既に限界を迎えていた。


「アニーア・・・」

「わかってます。ここで耐えましょう」

「申し訳・・・ありません」

「謝るな、お前がいなければ俺たちはここまで走り続けることはできなかった。お前はよく頑張った。アニーア、二人を頼む」


ルーガスは少年を降ろし剣を抜く。


「仮にも勇者の夫となるものだ」


魔法の準備をしながらルーガスは胸を叩き己を鼓舞する。


「そんな俺が先頭で戦えずしてどうする!!」


剣と魔法。


彼の憧れていた勇者、彼女の戦い方を真似て磨いてきた技術を彼は振るう。


その剣技は美しいものであり、魔物を蹴散らしていく。


しかし、その力で押し返せるほど魔物は少なくない。




*****


ここは



どこ?



気が付けば俺は暗闇の中で立っていた。


周囲を見渡せば幾人もの人が歩いていた。


しかしその人たちの顔は見えず、ただ影のように特徴のない姿をしていた。


けど


声が聞こえる。


ー寄こせー

ーろくに使えもしないなら渡せー


『再臨できる器がないのであれば死ね』

『あなたには失望しました』


ずっとずっと聞こえてくる怨嗟の言葉。


きっと彼らは俺を見限ってしまっている。

故に俺の存在が邪魔なのだろう。


そう認識したからなのかはたまた偶然か


影達は俺に手を伸ばしてくる。

俺は抵抗ができず体をつかまれる。

腕を折られ、足を持ってかれ、


首を絞められる。


最初こそ抵抗しようとしたが強くなっていく力と増えていく腕、気が付けば諦めていた。


すると先ほどまでの影はそこにはなく俺は落下していく浮遊感に襲われていた。

下を見ても底は見えず、きっと俺はいつまでも落ちていくのだろう。


水もなく空気もない。


息苦しく


何も見えないのに自分だけははっきりと見えて


何も聞こえないのに自分のこえははっきりと聞こえてくる。


狂いそうだ。


どうしてこうなったのか



それはそうだ。


結局、俺は何も出来なかった。

どれだけ努力してもほかの勇者には勝てず、特別なものなんて何一つない。


俺は生きてるだけで誰かを傷つけてきた。


誰かに傷けられて当然だ。


奪われて当然だ。何もかも失って当然だ。


この思いも


この記憶も



この名前も



そして最後には自我と体を失う最高の最後じゃないか。




・・・


最高の最後?


そうだ。


そうだった。


俺はこれを望んでいた。


記憶を失う前、俺は望んでいたんで消えていくことを…


ようやくだ


ようやく俺は消えていくことができる。
























ーさようならー







ーさようなら皆、ようやくお前たちのところに行けるよー














手を




掴まれた?


誰だろうか落ちていく自分を引っ張り上げようとしてる存在がいる?


やめてくれ救おうとしないでくれ。


俺に



そんな価値はないのに


手を振り払おうと必死に体を動かす。


そうしてる間に段々と俺の手を掴む存在が見えてくる。


「かつて僕も同じことを考えた!!」


それはどこかで見た少年だった。


「でも君はあの時、あの日…生まれ変われるなら同じ結末は辿らないと言った!!」


なにを言ってるのだろうか?


「もう償いは十分だろう!!お前の自己満足で自分から目を逸らすな!━━ ━━━!!」


何言ってんだよ、目を逸らす?


「本当は聞こえてんだろお前の名前!!本当は知ってんだろ自分の名前!!」


知らないさ何も知らない。

あの日のこともあの地獄も知らない知りたくもない。


「お前はお前だ!もう死んでしまったかもしれないでもお前の名前はただ一つなんだよ!」


知らない



やめてくれ


「また大切なものを失う前に決断しろ!!」


大切?





「本当は楽しかったんだろ?本当は懐かしかったんだろ?あの日に戻ったみたいで」


戻った?



あ・・・


「これ以上目を逸らすな、またあの日の結末になる」


そうか


怖かったのか。


失うことが。


また目の前で大切なものが失われることが…


嫌だ。


失いたくない。

たとえ俺が死んでもあいつ等が死んでほしくない。


「ならお前の言霊を言え。お前の名前を」


なぁ、目を逸らしてるうちに忘れちまったよ。お前の名前と一緒に教えてくれないか?


「そうだなもう聞こえるだろう。俺は」




*****



アーガルの技術は弱くそして経験のないものだった。

次第に多くの魔物に抗えずに傷を負っていった。


「お兄様!」


肩を噛みつかれ血を流すアーガルにアーニアは声を上げる。


しかし、アーガルは肩の魔物を振りほどき何度も立ち上がる。


「お兄様!引てくださいここで死んだら・・・」


アーニアは叫ぶしかしアーガルはそれ従わない。


「王子だからか?次期国王だからか?故に離されてきた」


彼は剣術を遠ざけられて生きていた。


戦いから遠ざけられてきていた。


「関係ない、守るべきものを捨て何が王か!?そんな王位なら俺は要らない!!俺はあいつとともに戦うのだ!!」


剣を構える。

ボロボロで構えとも呼べないその姿はみすぼらしく見ていられるものではなかった。


「それが勇者の夫だろうがよ」


最後まで彼は戦い続ける。

妹を守り学友を守り名誉あるいやそんなものは彼に入らない。


「サーナと隣で戦えず!あいつの夫である資格がない!!」


彼の覚悟だった。


だが



彼の限界が訪れる。


「お兄様!!」


アーガルは地面倒れ動けないでいた。

体からの出血がひどく助かるような状態ではない。


「ここで死ぬか…でも少しだけお前の生きている世界が見れた気がする」


ましてやその好機を魔物は見逃さない。


とびかかってくる魔物


だが寸でで魔物の攻撃ははじかれる。


「なぜなんでお前がいるアニーア、二人はどうした?」

「大丈夫ですよお兄様、二人は陰に隠しました運が良ければ死にません」

「だが、お前には二人を・・・」


𠮟責しようとアーガルは怒鳴るが途中でそれは止まる。


「水臭いですよ同じものに憧れた者同士、私も魔力が尽きました。最後くらい誰かを守るために死にたいんです」

「おおバカ者」

「お互い様です」


二人は笑った。

それとともに結界が解かれ魔物たちが押し寄せてくる。


「お兄様、死んだ後ってどんな感じなんでしょうか?」

「さぁな」

「少しくらい付き合ってくださいよ」

「少なくとも宗教的には楽園が広がっているらしいがな」

「そっか」


二人は目をつむる。

そして迫りくる轟音が自分に届くのを待つ。


しかし、その時は一向に来なかった。



同時にサーナのところでも異変が起きていた。


一瞬男の魔力が乱れ、翼が消えた。

その隙をサーナは見逃さずに男を切る。


「っ!!一瞬、周囲の魔力が消えただと?」


男が驚愕する。

実際サーナの与えた傷は深いが男には関係なかった。


サーナも一瞬だけ異様な気配を感じ警戒がより強まっていた。


そして死を受け入れようとした二人は声を聴いた。


「死後には何にもなかったぞ」


二人が目を開くとそこにはありえない光景が広がっていたあれだけ迫っていた魔物がすべて倒されていた。

そして死後について話しながら目の前に立っていたのは


「おはよう、ところで俺の剣知らない?」


名無しの少年だった。

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