第18話 巨大数のパラドックス

「ねえねえ、関数テトレーションがハイパーn+2演算に相当ってどういうこと?」

 ロクリアちゃんは純粋な眼差しで聞いてくる。

「うん、今の例では

 f(x)=x+2

 は足し算の関数、つまりハイパー1演算だった。でも、リディアさんが作ってくれたf^^n(m)の公式を見てみよう。

 f^^n(m)=(m+1)2^n-m

 は、2^nという式があるから、つまり冪乗と同じ程度の強さ、つまりハイパー3演算くらいの強さになったよ、ってことだね」

「強さ??」

「関数がどれくらいのスピードで大きくできるかってことかな」

「でもさ、2^nにもm+1が掛けられてるから、冪乗より強そう!」

「そうだね。でも実際には、数が大きくなると、何倍したか、っていうのは大して問題じゃなくなる」

 ロクリアちゃんは意味不明といった顔付きだ。

 リディアさんの方を見ると、やはりいつものように優しく微笑んでいる。

「じゃあまず巨大数のパラドックスの話をしよう」


 昔々あるところに、一組の夫婦が住んでおりました。

 ある日、その夫婦は双子の赤ちゃんを授かります。一人は男の子。一人は女の子。

 男の子のほうには、2^n、女の子のほうには3^nと名を付け、大切に大切に育てました。

 0年目に1から育った子供たち2^0=1と3^0=1ですが、

 その名のごとく、

 1年目には2^n君は2、3^nちゃんは3、

 2年目には2^n君は4、3^nちゃんは9に育ちました。

 二人とも仲良く一桁の子達の公園で遊んでいます。両親はそれをみてニコニコしていました。

 ところが、3年目になると、3^nちゃんは一気に成長して、27になります。両親は、二桁幼稚園に通わせました。2^n君はまだ8ですから、一桁公園で遊んでいます。

 4年目は、2^n君(16)もようやく二桁になって、姉弟そろって二桁幼稚園に入りました。

 しかし、5年目にもなると、3^nちゃん(243)の成長は凄まじく、あっという間に三桁小学校に入ってしまいます。このままではどんどん飛び級していきそうです。まだ2^n君は32です。2^n君にとってお姉さんはどんなに大きく見えることでしょう。

 ようやく2^n君(128)が三桁小学校に入れた7年目、3^nちゃんはもう2187にまで成長しています。両親も3^nちゃんの成長ぶりは目を見張るようでしたが、2^n君との成長の差も少し気になっていました。

 ふたりが10歳の誕生日を迎えたとき、2^n君(1024)はようやく四桁になれた、と家族で嬉しく思いました。しかし、3^nさん(もうちゃん、なんて似合いません)は、59049です。二年に一回は飛び級というスピードでした。ついに11歳になり、3^nさん(177147)は、六桁の国へ留学してしまいます。

 2^n君(2048)と3^nさんは別れを惜しみました。2^n君は、

「いつか姉さんに追いつくからね!忘れないでね!」

 と言いました。しかし、3^nさんは遥かに先の世界しか見えていないようでした。

 17歳になったとき、2^n君(131072)は、ついに別れを告げたあの日の姉と近いところまで来ていました。しかし、姉の3^n(129140163)は世界に名を轟かせる有名人でした。

 それから二人はそれぞれがそれぞれの世界で活躍します。

 40歳になったとき、2^n氏(1099511627776)はその世界でのトッププレイヤーでした。3^nさん(12157665459056928801)も、最先端も突っ走っています。

 2^n氏は姉に手紙を書きました。


 お姉さん、お元気ですか。

 もう会えなくなってしまって何十年にもなるけど、活躍のお話はいつも聞いています。いまは1100万倍以上も離れてしまったけど、僕も一生懸命頑張っています。

 またお会いできますように。


 お返事がきました。


 2^nへ。こちらは20桁の世界で元気でやっています。

 長い間ご無沙汰してしまってごめんなさい。でも、13桁の世界も20桁の世界も、もうほとんど同じだと思います。ただ、私は奇数をつきつめて、あなたは偶数を突き詰めているんですよね。また、いづれ会えるでしょう。


 しかし、二人の世界の距離はひらいたままで、ついに80歳になって、10進記法のこの世から旅立ってしまいました。

 2^n氏(1.209×10^24)は悔いを残したままだったでしょう。

 3^nさん(1.478×10^38)も会えなかったことを申し訳なく思っていたかもしれません。

 指数の神様は、結局二人を会わせることはしませんでした。


 長い長い時間がたちました。


 二人が生まれてから1000年、暗闇のような世界を2^nは漂い続けていました。

 彼は、1.071×10^301という大きさになって、なお、暗闇の世界を進み続けていたのです。しかし、姉の気配を感じることはありました。3^nもまた1.322×10^477となって暗闇の中にいたのです。


 何千年、何万年、何十万年、何百万年、何千万年、何億年、何十億年と経ちました。

 ふたりの孤独はどれほど続いたのでしょうか。

 それでも、100億年、すなわち、10^10年経った二人の誕生日、

 3^n(10^10^9.678)は、2^n(10^10^9.478)の声をたしかにはっきりと聞いたのでした。そして、もちろん2^nも3^nの声をはっきりと聞いたのでした。

 そう、声はもう届く距離に来ていたのです。もうすぐ、姿も見えるでしょう。

 こうなってしまえば、何百億年、何千億年、何兆年、何京年、と経っても孤独を感じることはありませんでした。そんな数えることが不可能なほど時間が経っても・・・。


 10^10^10年経った時

 2^nは10^10^10^9.999999999977

 3^nは10^10^10^9.999999999986

 になっていました。


「姉さん・・・長かったね」

「うん・・・長かった」

「いつかまた会えると思ってたよ。これからはずっと一緒だね」

「そうね、私たちはこれから永遠に≒という記号で結ばれるの」


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