第14話 謝るということ

「ねえねえ、ハイパー演算と、ロクリア関数ってどっちが大きいかな!?」

 ロクリアちゃんはものすごくはしゃいでいる。自分の名前がついた関数がある、ということが楽しくて仕方がないらしい。私の意味不明な形状をしている椅子から立ち上がったり、この世のものとは思えない机の下を覗いてみたり、ジャングルジムのような棚の上に置いてあるものを動かしたりしている。私の方に近寄ったり、遠ざかったり。私はというと、そんな意味不明な物体たちがなんでこの部屋にあるのかわからないので、意味が分かる地球儀をクルクル回して遊んでいる。ロクリアちゃんは、私にちょっかいを掛けようとして、地球儀を取り上げる。その時、不可解かつ無駄の多すぎる形状、制作者の考えていたことも完全に不明だし、人間にかくなる発想があるのであれば、異常な角度からこの世の中を平和にできるのではないかと錯覚し、そのことを考えるが故に無駄に時間を費やしてしまうという、それだけにおいては人類に害を為しかねないと言ってよい三次元的物体である壁掛けの時計にぶつけてしまった。

 地球を示す球状の肌色の物体は半円弧の金属に別れを告げ、そのまま、異常な形状をした机の下に入り込んでしまった。球と半円弧をつないでいたネジは、有限個の穴があいた床との関係が非常にアンバランスである棚の足の向こうに転がって行ってしまった。半円弧の金属は、もともと二次元に収まっていたものが、ついにこの部屋の求める欲求に耐えられなくなったのか、三次元状の物質へと変形していた。

「あ・・・あ・・・」

 青ざめるロクリアちゃん。ロクリアちゃんは前科2犯である。そのときは、そもそも何に使うのか、そもそも使うという概念のうちにある物体なのか、それすら怪しいものを壊していただけである。私としても、ゴミが減って、私の自由度を上げた快挙である、くらいにしか思っていなかった。しかし、今回は、私の一番の友達である地球儀を壊してしまったのだ。私としても、一瞬思考が停止してしまった。

「あの・・・はかせが変なものいっぱい置いてるから・・・」

「え?」

「だってこんな形した時計があるなんて思わない!ちょっと地球儀に触っただけじゃない!ふつうの家なら絶対壊れないよ!」

 ロクリアちゃんの言うことは、完全に正論である。ただ、正論は正義とは限らない。正論に壊された地球儀は果たして何をもって自己の破壊を納得できよう。

「ロクリア!そんな言い方はないんじゃないか?」

 つい声を張り上げてしまう私。自分の声にハッとなって、すぐに我に返る。でも、ロクリアちゃんは余計に冷静さを失う。冷静さを失ったロクリアちゃんは、逆に黙って、目の奥に怒りを秘める。

「ロクリアちゃん、声を張り上げて悪かった。地球儀が壊れたことは仕方ないよ。だからちょっと謝ってくれれば、それでいいから」

「なんで・・・なんでわたしが謝らなきゃいけないの・・・?」

 ロクリアちゃんは少し涙ぐんでいる。

 私は、ロクリアちゃんに必要な知識を教える役割もなければ、正しいマナーを教える役割もない。ただ、余計な知識を身に着けることを楽しいとする時間を過ごすのみである。翻って、私にとってロクリアちゃんは唯一無二の大切な友達である。大切な友達と何のわだかまりも無く過ごすこと、これが最も大事な私の使命ではないか。

「地球儀を壊したのはロクリアちゃんだよ。時計のせいでもなんのせいでもない。でも、別にだからといって、修理して、とか弁償して、とか言ってるわけじゃない。ただ壊したことについての心遣いが欲しいだけだって」

「知らない!私絶対謝らないからね!」

 ロクリアちゃんは帰ろうとする。私は腕をつかんで引き留める。

「なんでそんなに意地を張るんだ!?」

「離してよ!」

 小さな女の子の全身の抵抗はあっけなく私を振り払い、傍にあった意図不明解釈不能の形状をした・・・金属板?のようなものに肘を当てて、ゴングのごとく鳴らした。

 ゴングの反響はロクリアちゃんの階段を下りる足音と二重奏を奏で・・・そしてロクリアちゃんは、今日帰ってくることはなかった。

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