第5話




「僕は、紅葉のきせつに、ぜったいもみじちゃんを思い出す。だから、僕のことも年に1回、思い出して」


「うん…」


「僕の名前は夏樹なつきだけど、お花のほうがすきなんだ。だから…そうだなぁ」




「カスミソウがいいかな。白くてきれいな、カスミソウをみかけたら、僕を思い出して」




   * * *




 見ちゃった。


 聞こえちゃった。 


 君が、白くてきれいなカスミソウだった君が、隣の女の子の色に染められていた。 



 いつもの君じゃなかった。


 君は、私が染めたかった色じゃなかった。


 私が君に送りたかった言葉を、君が、君の隣の女の子に贈っていた。



 なんだったんだろう。


 今までの、あの9年間は。


 無意味だったのか。あの9年という期間は。


 私の人生のほとんどは。



 だって、だってそうでしょ、


 初めて話したあの感謝から、高校で逢った喜びから、今日っていう日までずっと私の片想いだったってことでしょ? ねぇ。

 


 ……バカみたい、じゃん。



 運命なんじゃって思って舞い上がったのは私だけで。嬉しかったのも私だけ? 


 バカなの? 


 バカだよ。



 友達が応援してくれたよ、ずっと。


 高校で初めての友達が、私の恋と呼んでいいのか分かんないあの感情に、エールを贈ってくれたんだ。



 でも、私はそれに、応えられなかった。



 当たり前か。当たり前だよねそんなの分かってるよ、消えたいよ。



 消えたい?



 これから私は、友達に、ピピにどういう顔で会えばいいの。


 ごめんねだか、今までありがとうだか、なんだか。結局のところ、ナツくんとあの子を目撃しただけで、ああいう言葉を聞いちゃっただけで、告白できてない。でも、振られるのが分かってるのに告白する勇気が私には、ない。



 情けないね、約束したのに。想いを伝えてくるって。ピピと約束、したのに。



 でも、これ以上傷を負いたくない。この心に傷を負わせたくない。友達との約束をけっぽって自分を守るなんて、やっぱり私はクズで、こんなんだもん、幸せを乞うなんて罰当たりに決まってるよ。



 消えたい。


 死にたいんじゃなくて消えたい。



 生きていることの意味を失った気がしたから。


 ここにいたくない。



 知ってるよ。生きたくても生きられなかった人が世界には何万何十万何億といる。死にたい消えたいって思うことがその人たちに失礼ってことも知ってるし、その人たちの分まで生きなきゃいけないのだって知ってる。


 でも、知ってるだけ。私がどう足掻あがいたってその人たちがまた生きれるわけない。所詮人間なんて元素の塊なんだから、誰かのために命を全うするなんて、できる人がいるとしても、腐って朽ちた私には出来っこないんだよ、


 分かってよ、分かんなくてもいいよ、生きるを押し付けなくてもいいよ。





 どうしようか、これから。


 ピピに会いたくない。ナツくんの顔を見たくない。


 ナツくんの横にいた女の子と、これから話すことがあったらどうしよう。平常でいられないじゃん。一方的に嫉妬して人を傷つけるなんて、それこそ最低だ。



 消えようか、そうしようか。




 ライトアップされたあの紅葉が私に倒れてくればいいのに。


 ライトアップされた光が私を溶かしてくれればいいのに。


 ライトアップされていない私の心を、照らされなかった私の心を、最初からなかったことにしてくれれば、いいのに。




もみじちゃんっ」



って呼ぶ声も、どこか遠くへ行けばいいのに。

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