第1話





死んだと思ったら生まれ変わっていた、なんて経験をしたことがある奴はそうそう居ないと思う。


まあ、そんなポンポン転生されては神様も溜まったものではないだろう。ある意味実質的な不老不死とも言えるし、同じ人間に生まれ変われるのならば損をする訳でもない。


とは言えーーヨボヨボの御老体からいきなりピチピチの赤ん坊に変わるというのは随分と新鮮過ぎる経験だ。



「ばぶ……」



今の自身に出来るのは精々足をばたつかせる位。以前の肉体でも刀は振れたことを考えると、寧ろ弱体化しているのではないか。嫌、赤ん坊の分際で考えることでもないが。


呻きを上げながら暴れる自分を見て、腹を空かせているとでも勘違いしたのかそばに立っていた侍女であろう人物が優しく声を掛けてくる。



「アトラス様、お腹が空いているのですか?」



現世においての俺の名前はアトラス・ヴォルテール。どうやら中々裕福な貴族の家柄の様で、今自身が寝ているベビーベッドもやけに光り輝いている。材質は金だろうか? 赤ん坊には逆効果な気もするが。


貴族というからには、子育てもそうそう自身の手では行わない。こうして俺が子供部屋に一人おり、そばに侍女が付いているこの状況も、まあ貴族としては普通の環境なのだろう。


……と、俺には生憎息子も居たことがないが。


話を戻すと、要するに俺の日頃の世話をしているのはこの隣に立っている侍女なのだ。名は知らないが、中々綺麗な顔をしている。


流れるような金髪に、薄いピンク色の唇。真っ白な肌にはシミの一つすら見当たらず、彼女の素朴な美しさを引き立たせている。しかしながら、目の下にポツンと取り残されたように存在する泣き黒子がまた憎い。その存在一つで、彼女の雰囲気が一気に妖艶な物となる。


そして最大の特徴が、その頭部から垂れるように下がっている獣耳だ。


……うん、俺の住んでいた世界にはこんな非常識な光景はなかった。趣向の人物が存在していることは知っていたが、流石に実在まではしていない。


勿論偽物という事も考えられるが、ちょくちょく何かに反応するように動いていた為多分本物だ。いや、そもそも本物ってなんだ。


そんな事を考えていたら、目の前の侍女は唐突に自らの服に手をかけ……あ、これ授乳タイムに突入するやつだ。とりあえず描写は一旦カットで。


 まあ、なんだ。俺が言いたいのはつまり、生まれ変わって赤ん坊になってしまったってことだって覚えておいてほしい。






◆◇◆






 赤ん坊になったとは言えど、盗み聞きしていれば意外と情報は入ってくる。子供部屋を市井として語らうような輩はいないが、それでも時折話しかけて来る両親や侍女の話から色々と見えてくるものはあるのだ。


 まず、あの妖艶な侍女の名前はケリィと言うらしい。見た目通りの『獣人』という種族だ。生憎と苗字が呼ばれているシーンは見たことがないが、もしかしたら獣人には苗字をつけるという文化が無いのかもしれない。


 続いてわが両親の名前。父親はカルマール・ヴォルテールという赤髪の偉丈夫、母親はミラ・ヴォルテールという青髪の女性だ。両者ともそれなりの愛情は持ってくれているのか、顔を見せるたびに笑顔で色々な報告をしてくる。まあ、赤ん坊に対してきつく当たるような人物はそもそもいないだろうが。


 そして、この世界における何よりの特徴。それを両親の手ずから見せられた時、俺はこれ以上ないほど驚愕した。



「アトラス、よく見ておきなさい。これがお前の継ぐべき技の一つだよ」



そう言った我が父の手から放たれたのは、炎を纏めた弾丸だった。


放たれた弾丸は、目の前に立っていた藁の人形を燃やし尽くす。一体何が起きているのか、その時の俺には一瞬理解が出来なかった。


そして、続くカルマールの言葉。



「『火炎弾ファイアバレット。炎属性の初級魔法だ。まあ、この程度ならお前にもすぐ使えるようになるさ」



彼の口から出てきた『魔法』という言葉。その言葉を噛み砕こうとして口を開くも、未だ赤ん坊であるこの口からは言葉にならない。


魔法。それはお伽話に出てくるような存在で、実在はしない物。


目の前で繰り広げられているのは間違いなく生前では見ることの出来なかった光景でありーーこの世界は異世界なのだ、と俺にしかと叩きつけてくる事実でもあった。

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剣帝だったけど生まれ変わったらあんまり強くなかったんだが 初柴シュリ @Syuri1484

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