剣帝だったけど生まれ変わったらあんまり強くなかったんだが
初柴シュリ
プロローグ
『剣帝』。それは剣一本で全てを斬り伏せ、世界を制した男に与えられた称号。
その一文字は無明を斬り裂き、時間ごと空間を叩き割ったとも言われていた。
だが、例え帝王の名を与えられようと人は人。寄る年波、限りある寿命に勝つ事は出来ない。
晩年、彼は一人静かに森の奥へと移り住み、修行僧すら真っ青の生活を送っていた。
妻も取らず、子供もおらず、最期の最後まで剣を振るい続けた彼の一生は、傍から見れば虚しいものだったのかも知れない。その真相は果たして彼自身以外には分からないが、彼は死ぬ直前まで一日たりとも剣を置く事は無かったという。
命の種火燃え尽きるまで、その一生を剣に捧げた男。誰にも知られる事なく、彼はひっそりとその生涯を終えたーー
◆◇◆
「ーー筈だったんだけどなぁ!」
全身に伝わる激しい衝撃。手に握られた一本の棒切れがジィンと震え、目の前の獣からの攻撃を受け止める。
魔力で強化を施したとはいえ、元はそこらに落ちているただの木の枝。このまま何発と受け止め続ければ、御陀仏になることは間違いなしだ。
やや強引に一撃を逸らし、魔獣の拳を受け流す。着弾した地面から激しい土煙が上がり、俺の立っている足場まで激しく揺れる。
土煙に乗じて距離を離し、再度構えを取る。手負いとはいえ、未だ十を数えるであろうかいうこの身にあの一撃は響く。額から流れる汗を拭い、荒ぶる呼吸を整えた。
「くっそ、せめて真剣があれば……!」
自身が未だ『剣帝』と呼ばれていた頃、亜空間から自在に刀や剣を取り出せていた事を思い出す。ただ、あの頃は手刀でも空間を割ることが可能だった為出来た所業だ。それだけの技量、力があるならこの程度の魔獣など赤子の手を捻るよりも簡単に片付けられるだろう。
だが、現実は現実。現在自身の手の中には棒切れのみであり、補給出来る武器もまた棒切れのみ。強化以外の魔法が自身には扱えない以上、この限られた手札で奴をなんとかするしかない。
「……ああ、久しく忘れていたよ。この緊張感、この殺気。命を賭けた戦場とはこういう事だったな」
瞬間、土煙の中から飛び出してくる魔獣。以前見たことのある『熊』に似たそいつは、手の鉤爪を振り上げて一気に襲いかかって来た。
攻撃の予測線は丸見えーーだが、脳で理解した映像に体がついて来ない。
ようやく行動を開始した己の肉体は、薄皮一枚を犠牲に獣の一撃を避ける。鋭く生えた魔獣の爪が自身の頰を掠め、玉のようになった血液が飛び散る。
「ああっ!」
兎に角、奴の一撃に直撃してしまえばその時点で敗北だ。出来るだけアウトレンジになる様立ち回り、素早い動きで撹乱しながら隙を見つけて攻撃を加えるしか手はない。
魔獣とすれ違う様に走り出し、その際に何撃か腹を打ち据える。だが、鈍い打撃音が響くだけで大したダメージは与えられない。
地面を滑りながら、体の向きを変えてゆったりと唸りを上げながらこちらを向く魔獣を見据える。
(やはり筋力、そして切れ味が足りないか……!)
やはり、転生したことにより身体能力が大幅に下がっている。年齢のせいでもあるが、それだけでは無い。
才能の有無。恐らくこれが一番大きいだろう。以前の体は剣を振るうために生まれて来たかの如く、まるで体の一部であるかの様に扱えていたのだが、今の体にはその感覚が無いのだ。
「ハッ、結局は才能ってことか。全く世知辛い世の中だよ」
ーーだが、それがどうした。
才能が無くても、自分には圧倒的な経験がある。
何度も振るうことで染み付いた、剣帝としての感覚がある。
そしてなにより、未だ戦おうとする闘争心がある。
以前の自分より弱いならば、それに並びつく位強くなればいい。過去の剣技を再現する為、そして遥か先を歩く自分の背中に追いつく為。
もっと。もっと。もっともっともっとーー
「ーーおおおああああああああああ!!!」
『グルオォォォォォォォォォ!!!』
自身の雄叫びと、魔獣の吠え声が響き渡る。
真っ直ぐに駆ける俺を阻む様、魔獣はその両方の鉤爪を振り上げる。
抉る様に頭上から降ってくる五本の刃。身を捻りながら、手に持った棒切れで辛うじて受け流す。俺の代わりに、地面へと痛々しい爪痕が残った。
だが、敵の腕はもう一本ある。後続の鉤爪が、隙だらけの自身の背中へと迫る。
「ーーさせるかよ!!」
足元に転がっていた別の棒切れを蹴り上げる。空いていた左手で掴み取り、瞬時に魔力を流して強化。
振り向きざまに、その一刀で一撃を受け止める。当然、片腕だけで受け止めきれる道理はない。そのまま押し込まれ、抵抗虚しく切り裂かれるーー
「『
そんな未来は、斬り捨てる。
棒切れが鉤爪と接触した瞬間、その棒切れが唐突に爆発四散した。
これを逆手に取り、その際に起こる爆発現象を利用して魔獣の攻撃を吹き飛ばしたのだ。結構な魔力を意図的に込めた為、幾ら奴の筋力でも抗えないだろう。
とはいえ、これは諸刃の剣。手元で爆発が起こった為、自身の左手は完全に使い物にならなくなった。見てはいないが、今は焼きごてが張り付いたかの様な熱さを感じている。
だが、ここが唯一の機会。魔獣が無様を晒し、その無防備な腹をこちらへと見せている今が絶好のチャンスだ。
さあ、思い出せ。記憶にあるあの剣技を。
再現しろ。どこまでも鋭く、どこまでも疾く。
そう、あの技の名はーー
「ーー『螺旋突』!」
瞬間、ただの棒切れは必殺の一剣となり、魔獣の腹へと叩き込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます