第148話 忘れられない思い出とするために
観覧車に乗り始めた時はいつも通りだった僕の心情が、下りて地面に足をつけた時には既に、確かに変化していた。
「ん~~っっ」
僕より先に降りていき、遊園地のスケジュールが全て終わった証明のような伸びをする真実を見つめながら、果たして今、そしてこれから、真実への対応がこれで正しいのかと、緊張と不安が入り混じる。それほど、観覧車内で言われたことは僕に影響を与えるものだった――。
「すっごく楽しかったね、お兄ちゃんっ」
振り向いて僕を見返す真実には笑顔が浮かんでいる。当然何も反応を返さないのはどう考えても不自然なので、僕は頷きと微笑みを返答とした。少なくとも真実の同意を求める言葉は僕にとっても事実に違いないのだから。
その反応を受け取るといつも通り僕の腕に自分の腕を回して密着し、一緒に歩き出す真実。これは観覧車を乗る前と後でも変わらないみたい。
「今日はついてきてくれてありがと。えへへっ、お兄ちゃんとの思い出またひとつ、かな?」
「これからまた、何度でも来れるよ。真実が望むなら……」
遊園地を出て時は夕刻、太陽が並木道を進む僕達とどんどん平行になって、同時に僕達の影も伸びていく。
「ぼくが望むならか~。う~ん今度はお姉ちゃんみたいにお兄ちゃんに決めてもらおっと。お兄ちゃんぼくのよ~きゅうもぜ~んぜん断らないしっ。ぜ~んぶ受け入れられるってのもつまらないかも。ぜ~たくな悩み?」
「っ、あはは……僕も別に断ることが無いって訳じゃ……円香さんの無茶な要求には対応出来ないことも多いし……」
「……そっか。それじゃあ、さ……」
その時の真実は、僕の方を向いていなかった。気のせいかもしれないけれど、真実が何かを決心したように唾を飲み込んだ、そんな気がしていた――。
「観覧車の中で話したことっ、お兄ちゃん頷いてくれたよねっ……?」
真実は僕の前へと走り出して少し距離を取った後、振り向いて口を開く。
「すっごく、嬉しかったよっ? お兄ちゃんが付き合ってくれるなんて……心のどこかで、やっぱり無理かなって思ってた……。お兄ちゃんの優しさに、つけこんでるのかな、ぼく……」
「そ、そんなこと……」
「お兄ちゃんが優しすぎるせいだよ? お兄ちゃんが優しすぎるから、ぼくもうちょっとワガママになっちゃうよ……?」
僕達以外は誰もいないように見える並木道、ちょうど真正面から差し込んでくる夕日の紅色が、真実をすっぽり覆っていた――。
「えっと、ぼ、ぼくとその……キ、キス……できたりする……?」
夕日を背にしながら僕を見上げる真実には、やはりというか不安な表情が見え隠れしていた。僕にはその心情が痛いほどわかる。いくら観覧車内で言葉に頷いたからと言って、避けられる可能性はゼロじゃない。いざその時になって、今は難しいと言われる可能性だってないわけではない。
「今日のこと……忘れられない思い出にしたいから……」
それなら今僕が出来ることは、一刻も早く真実の不安を無くしてあげること。僕の言葉一つで、それが出来るのだから。僕に真実を避ける気持ちなんて、微塵も存在しなかった。
「う、うん……構わないよ……」
「かまわない……? 仕方なくしても良いってこと……?」
「っ! そっ、そういう意味じゃなくて! う、嬉しいよ……誤解するようなこと言って、ごめん……」
「……えへへ、良かった、ゆうき出して……。お兄ちゃんが止めない限り、どうせ恥ずかしさでいっぱいだから勢いに任せちゃうよ? えっとその、ほ、ほんとうに、いいんだよね……?」
「う、うん……」
「な、なんか改まるのも変な感じだけど……は、はじめる、よ……?」
夕焼けのせいで少しわかりにくくはなっているけれど、真実の頬はおそらく僕と同じような夕焼け以上の濃さに染まっていた――。
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