第142話 今すぐには買わないキャンドル

 買い物がある程度済んだ僕達は帰路につくため大型店の出口へと向かっていた。歩きながら僕はふと今まで気にかかっていたことを訊いてみる。

「そういえば、このみちゃんはここの他に、どこかついていってほしいところとか、ないのかな……?」

 ゆずはさんや真実からはそれぞれの希望を受け取っているのだけれど、このみちゃんと日用品の買い物は別にこのみちゃん自身が希望したわけではなく、水島家に来たときからずっと行っていることである。だからこそ、僕はこのみちゃん自身が行きたいと思う場所を尋ねたのだけど――、

「……別に。一応この買い物だって、真衛君に荷物持ってもらってるわけだし。この荷物持ったままぶらぶらだって出来ないでしょ?」

「そ、そっか……」

 一緒に歩を進めつつ、このみちゃんの返答に頷いた僕。その時はちょうど大型店内の片手で食べられる洋菓子店を通り過ぎようとしていたところで――。

「えっと、じゃあここで何か買っていくのは? ご馳走するし……」

「真衛君、私が前に奢ってくれたアイスのお返ししようとした時受け取らなかったよね? だから奢らせてもらえるまでは私も遠慮することにしたのっ」

「あ、あはは……」

 これもこのみちゃんに断られてしまったので僕達はさらに出口へと近づいていく。出口付近に差し掛かった頃、僕には陳列されている一種類の雑貨が目に入った。

「っ、このみちゃん、ちょっと寄り道しても大丈夫……?」

「真衛君……?」

 疑問符を浮かべながらもついてきてくれるこのみちゃん。僕が一直線で向かったその先で、このみちゃんも同じものに視線を落とす。

「キャンドル……?」

 それはごく一般的な蝋燭ろうそくの細長い形ではなく、様々に加工された小型で色とりどりのキャンドルだった。このみちゃんも少しばかり興味が湧いているせいなのか、その種類を繁々しげしげと見つめている。

「真衛君、これが欲しいの……?」

「うん、少し考えてることがあって。のためにね」

「っ……そ、そうなんだ……」

「実は前に出掛けた時、僕がゆずはさんに気を遣ってるって話になったんだ。これならもしかしたらもっとゆずはさんと遠慮せずに接することが出来そうな考えが頭の中にあって。上手くいくかわからないんだけど……」

「――いいんじゃないかな……? 姉さんも喜ぶと思うし」

「そうかな? このみちゃんもそう思ってくれたのなら――このみちゃん?」

 僕がもう一度見たこのみちゃんの表情は、さっきまでのキャンドルに興味が湧いていた時の物とは明らかに違っていた。どこか無理してポジティブな笑顔を作っているような。

「えっと……もしかして、心から賛成してくれてない……?」

「えっ……そ、そんなこと……」

「……僕の目には、このみちゃんの表情がぎこちないように見えるんだけど……」

「っ……だって、これは私の我儘だってわかってるし……」

「――このみちゃんの気持ちは理解したから、伝えるだけ伝えてみない……? お店につく前にも違和感あったし、僕はまた――」

「追及しなかったことは別に関係ないんだけど……やっ、そんな深刻にとらえないで? 真衛君の意見に反対って訳じゃないよ? ただ――」

「ただ……?」

「……真衛君、私と出かけてるのにな……っていうかさ……」

「っ……」

「姉さんに喜んでほしいのだって本音だけど、私だって隣にいるんだよ? 真衛君……」

 このみちゃんが恐るおそる発した小声の意味を察する僕。ご馳走されるのを断ったことまで加味すれば、このみちゃんは決して同じものを買ってほしい訳じゃない。だとすれば――。

「……行こう」

「えっ……?」

「キャンドルは今日じゃなくても構わないし、一人の時でも買いに来れるから。二人でゆっくり、会話しながら帰ろうよ」

「っ……うん。ごめんね真衛君っ」

 眉を下げて謝るこのみちゃんには、既に自然な微笑みが戻っていた――。

 

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