第136話 言葉は少なく穏やかなひととき

 僕達が向かったのはルリトちゃんが通う雅坂学園近くのフラワーガーデン。前にも来たことがあるこの場所には初めて訪れた冬の時期と違って色とりどりの花が一面に咲いており、何回見ても僕達に感嘆の表情を浮かばせてくれる。歩きながら花達を見て回るのも最高だと僕達は何度か体験して知っているのだけれど、その経験故に今回は趣向を変え花を揺らすそよ風をベンチで浴びるためにここへ足を運んだ。

「それじゃあえっと――あのベンチにしましょうか」

 了承の意思を見せてくれたゆずはさんと二人並んでベンチに座り腰と背中を預ける。そのまま斜め方向にあるアイスクリームの屋台を含めた360度を見回して、最後にゆずはさんの方に視線を向けたら目が合ったので、お互いに微笑み合った。

「…………」

「………………」

 ここまで向かう際にひとしきり会話し終えたという部分もあるのだけれど、僕もゆずはさんも、積極的には口を開こうとしない。たまに気付いたことやふと思い出したことを二言三言話すことはあっても、基本は何も言わないまま目の前の景色を視界に入れたり、時々目を閉じて優しく吹いているそよ風を感じてたりしていた。


            〇 〇 〇


 「………………ねえ、もうあれからどのくらい時間経った? ものすっっっっごく暇なんだけど……」

「20~30分は経ってるんじゃないでしょうか……そのくらいの体感時間です。さっきからお互いの姿を時々確認し合ってたまに目が合うくらいで全然動きがありませんですからね……」

「あんなことしてて何が楽しいのかしら。出かける場所だってもうちょっとすることがある場所を選べばいいのに」

「きっと真衛さん達は、一緒に同じ時間を共有するだけでも楽しいんですよ。わたしはそう思います」

「同じ時間を共有するだけで、ですか……」

「それだけ、真衛さん達はお互いを信頼し、親愛の気持ちを持っているんじゃないでしょうか」

「ふむ……なるほどね。確かに私もルリトと二人っきりなら何をやっても楽しいわっ。私ならすることが無ければ抱きついちゃうしっ!」

「きゃっ! りっ、リシアちゃんっ、急にだとその、たっ、倒れちゃいますからっ!」

「ふおおおっ、マモルさん達の静かないちゃつきを観察していくのも悪くないですがこっちのゆりゆりしいのも捨てがたいですし目移りしちゃいま――っ、ルリトさんリシアさんっ! マモルさん達に少しですが動きがあったみたいですっ!」


            〇 〇 〇


 しばらくの間そよ風に身を委ねていたのと同時に少しずつその心地よさにまどろみを覚えていた僕は、ついゆずはさんの方へと倒れそうになってしまっていた。もちろんそれに気付いてすぐに体勢を立て直したのだけれど、その仕草自体はゆずはさんにしっかり見られていた訳で。

「ご、ごめんなさい。うとうとしてしまって――」

「くすっ、お昼寝したくなる環境ですね。――その……私の膝でよろしければ、倒れても構わないと言いますか、お貸し出来ますけど……」

「えっ……いやっ、でも、そんな――」

「っ、えっと、不満であれば無理にとは……」

「そっ、そんなことっ。その……ありがとうございます」

 僕は恐る恐る体勢を横にし、ゆずはさんの膝にゆっくりと頭を乗せる。やわらかさが伝わってくると同時に僕の頭がほんの少しだけ沈み込んだ。

「大丈夫、ですか……?」

「はい……。これ以上ないくらいの寝心地です……」

「っ、そう、ですか……安心しました」

 ゆずはさんと視線を合わせられると思って仰向けになろうともしたけれど、あまり視線を集中してはいけなそうな部分に視界を遮られたので僕は少し頬を赤くしながらあわてて横向きへと戻り、必然的にゆずはさんと同じ方向の向きへと固定される。

「もうしばらくしたら、家に戻りましょうか」

「っ、そうですね……」

 ゆずはさんの問いかけに頷きながら、僕はとりあえず目を閉じることにしたのだった――。

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