第131話 互いの世界の間に垣根があったとしても

「ど、どういうこと……? 不気味さって……」

 真実が言わなければおそらく僕も同じようなことを口にしていただろう。もちろん僕はリリムちゃんに不気味さなど微塵も感じていないし、皆も同じ気持ちのはずと思っている。

「リリムはこの世ならざるものなんですよ? そんな得体の知れない存在が、いつの間にかこの家に潜り込んでいたわけですし、不信感を持つ方がいても不思議ではないかと……」

 申し訳なさそうにこちらを窺うリリムちゃんを前にして、僕達は顔を見合わせる。とりあえず自分の意見だけでも返しておこうとした時、僕より先に口を開いた女の子。彼女は一旦息を吐き――。

「誰も、そんなこと気にしてないんじゃないかしら?」

 それは、みんながこの部屋に来てから発した中で一番よく通る声だったのかもしれない。

「リ、リシアさん……」

「あなたがどこまで箕崎真衛達を見てきたか知らないけど、箕崎真衛達はね、もっと根深い不安や悩みを抱えてたこんな私を受け入れてくれるくらい根っからのお人好しなのっ。悪意すら持ったことのないあなたの心配なんて、あなたが不安になるだけ損だと思うわっ」

 リシアちゃんのちょっぴり不器用な答え方を聞いて、ゆずはさん達の口元に少し笑みが浮かんだような気がする。

「より感情を表現しながら接していた真実さん達より、ここは私の方がはっきりとした言葉で示すべきなのかもしれませんね。私は、たとえ私達人とは違う存在だとしてもリリムさんを歓迎したいです。ルリトさんはどうですか?」

「はいっ。えっと、リリムさんが良ければその……子猫の姿をもっともふもふ可愛がりたいくらいですね……」

「まあ、ここにいた理由も納得は出来るものだったし。私達のプライバシーを口外しないことだけ約束してもらえれば……」

「うんうん、もちろんぼくだってみんなとおんなじ気持ちだよっ? 元々お兄ちゃん達を助けてくれた得体のしれない子猫を迎え入れたのはぼく達なんだから。ぼく達と同じ人間かそうじゃないかなんて関係ないないっ。なんなら、今からお兄ちゃんに心を読んでもらったって平気だよ? 『伝えても良いこと』しか読み取れないお兄ちゃんが読み取れる内容ってことは――あ、でもすごく疲れるんだっけ……」

 反応を窺うように僕を見る真実へと微笑みを返してから、僕は皆を見渡す。そこには真実の発言を聞いて苦い顔をする人は誰もいなかった。それを確かめてから僕も僕自身の言葉を紡いでいく。

「僕が心を読むときはみんなが普段話しているように声が聞こえてくるんだ。でも、伝えたくないことの場合嘘の情報が混じったりしていて……。心が嘘をけるんだよ。だから残念ながら真実の言うような方法は使えないけど、心を読まれても大丈夫という認識自体が、偽りのない何よりの証明になっているんじゃないかな……。僕自身も同じ意見だって、証明したいくらいだし……」

「……みなさん……」

 リリムちゃんは僕達の意思を確かめられ、ようやく本当の意味で一息がつけたみたいだった。

「えへへ……皆さんなら受けとめてくれるかなって、実は密かに期待していたんですけどね……。皆さんを今まで見てきて、本当に良かったです……」

「人はタンパク質や水に情を抱くわけじゃないわ。対象の反応、感情、意思、もっと言えば積み重なった記憶に心を動かされる生き物なのよ。言葉を話せない動植物でさえ人はそう言った感情を湧かせることがあるんだから、意思疎通出来る存在が何でできていようと歩み寄ろうとする人間はいるはずよね」

「何よ円香、せっかくみんなが団結した意見出してるのに。ここは精神論でまとめるべきところでしょ? 訳の分からないような理屈っぽいこと言って水を差さないでほしいわ」

「あら、空気の読めない大人でごめんなさい。それなら水を差したついでで言わせてもらうけど、一応私が納得するまではある程度行動を監視させてもらうわリリムちゃん。まだあなたがどんな存在か、目的は本当に一つでかつそれが正しいのか、あなたの口から聞いただけの不明瞭な点が多いからね」

「円香さんは、リリムちゃんのこと信じないの……?」

「そんなことないけど、ただここにいる全員がぜんいん信じ切る必要はないでしょ? 今までの発言を素直に鵜呑み出来ないのが私なの」

「……構いません、それでリリムの疑いが晴れるのであれば――」

「リリムちゃんの許可も頂いたし、大丈夫ってことで。それじゃあ私からもよろしくと言っておくわ、リリムちゃんっ」

 ある意味円香さんらしさが最後に発揮されたともいえるけど、とりあえずリリムちゃんは改めて水島家の一員になれそうである――。

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