第122話 部屋を見つめて語り合う

 思い出の一部となるはずの時間が最終盤に差し掛かり置いてある飲み物も無くなってしまったので、僕はリシアちゃんの何も混じらない澄み渡る歌声を背にしながら最後のお水でももらえないかと部屋を出る。

「お嬢様の歌声はお気に召しませんでしたか……?」

 声をかけられた方に顔を向けると、ここのメイドさん達とはタイプの違うメイド服を身にまとった女性が壁に寄り掛かっていた。

「セリアさん……。いえその、別にそういったつもりでは……」

「くす、冗談です。少し、お嬢様の様子を見に来ただけですから……」

 そう言って扉のガラス越しに部屋の様子を窺いながら僕へと話しかけるように呟くセリアさん。無感情なイメージが強かったので、口元も上げるし冗談も話すのだなと思い直す。

「……ここ最近のお嬢様は、本当に見違えました」

「……楽しそう、ですよね」

「それもありますが、何よりとても生き生きとしているのです。純粋に自分をさらけ出し、認められている……。自分を認めてくれていると思った人の言葉でなければ中々心の奥底まで響くことはありません。せいぜい私くらいにしか積極的な言葉を交わさず私の言葉しか届いていなかった雛鳥のようなお嬢様にも、響く言葉をかけて頂けるような方が増え自分を包んでいた羽を広げて私という鳥籠から巣立とうとしています。私には、その背中についた羽が見えるかのようです」

「…………」

「っ、たとえ話とは言え、少し現実離れした発言でした。背中に羽など、この世界ではありえませんのに……」

「っ、いえ、そういうことではなく……その、寂しさとか感じない――訳ないですよね……」

「っ……確かに無いとは言いませんけれど、それよりもお嬢様の関係の広がりが何倍も嬉しいのです。お嬢様と血の繋がりはございませんが、これが親の気持ちというものに近いのでしょうか……」

「セリアさん……」

 しばらくの間リシアちゃんを見つめていたセリアさんは、視線を戻して僕の方へと向き直った。

「……私としたことが、印象に似合わず少々話し過ぎてしまったかもしれません。箕崎様、偶然ですが折角の機会ですので感謝を述べさせていただきます。お嬢様に手を差し伸べて下さり、お嬢様らしくいられる環境、居場所を作って下さり、本当にありがとうございました」

「っ! い、いえそのっ、別に感謝される程意図していたわけじゃないですし……。単純に僕達が誘って、リシアちゃんが受け入れてくれたってだけというか……。それに、今の関係はきっと、僕だけで成し遂げたものじゃないですから……」

「…………」

 今度は僕の方が歌っているリシアちゃん達を視界に入れながら話し出す。

「今僕がいなくても楽しく過ごしているように、みんなリシアちゃんと関わってきたんだと思います。僕の知らないところでも、それぞれがみんならしく、積み重ねてきていたんじゃないでしょうか……。リシアちゃんには振り回されることも多いですけど、僕も今までに無い経験と刺激があって楽しいですし。この状況が当たり前とは言いませんが、もう感謝なんて必要ないくらい、自然な居場所となっているんじゃないかって感じます……」

「……そうですか。なら伝える言葉は、こちらの方が適切なのかもしれませんね。箕崎様、これからもリシア様のこと、よろしくお願い申し上げます」

「……はい、こちらこそ」

 クールな雰囲気は崩れずとも前ほど冷徹な印象は抱かなくなったセリアさんの視線を合わせるように受け止め僕達の間にほんの少し笑みが表れた時、特有の音を立ててすぐ傍にある扉が開く。隙間から真実がひょっこり顔を出してきた。

「お兄ちゃん何話してるの? 扉の前でしてるから別に秘密って訳じゃないよね?」

「っ、うん。セリアさんがリシアちゃんの様子見に来たみたいだから、ちょっと他愛のないことを。ちょうど終わったところかな」

「ふ~ん……こっちももうすぐみんな歌い終わるよっ。あとはお兄ちゃんと――っ、セリアさんも一曲くらい良かったらっ」

「……よろしいのですか?」

「うんっ、セリアさんの歌も聞いてみたいよねお兄ちゃん?」

 セリアさんが放つ印象的に断る気がしていたので乗り気な返答を意外に感じつつも僕は真実の同意を求める問いに頷く。早速真実が事情を説明するために部屋へ戻るのを見送りながら、僕は本来の目的である水を求めて歩き出そうとしていた時、突然僕の首筋にセリアさんの冷ためな手があてがわれた。

「言い忘れていましたし箕崎様のことですから誤解など無いとは思いますが、私はご友人としてお嬢様を任せたのであって万が一にも不用意に手を出すことなどないように。もしそのような場合は相応のお覚悟が出来ていますよね?」

 どこか殺気の含んだ声で付け加えられた僕は、手を添えられているだけかつそんな気が微塵も無くとも恐怖心と冷や汗が抑えられない。セリアさんはすぐに手を放して真実へとついていってくれたので、僕は緊張を少しづつ解消しながら水を取りに行くことが出来た。

 戻ってきた時には既にセリアさんの参加は受け入れられていて。リシアちゃんだけが少し煮え切らない表情なのが少し気になるし円香さんも用事があるのか部屋を静かに退出していく。

 そして始まるセリアさんの歌声は、音の取り方は何というかこう……個性的で。少なくともリシアちゃんが今している表情の意味を理解しながら、僕はゆずはさん達と一緒に苦笑いを浮かべ続ける。

「……箕崎様達であれば、聞いて下さると思いましたので」

 そんな呟きで締めくくられたセリアさんの歌が一番のインパクトを残しつつも、僕達は最後までこの時間を有意義に過ごすことが出来たのだった――。

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