第121話 色褪せた過去と対比して

「ふたり以上で……ですか?」

「そっ。みんなある程度ローテーションして歌ったでしょ? 今度は二人以上のハモった歌声が聞きたいのっ」

 ゆずはの確認を込めた訊き返しに円香はより箕崎真衛へとくっつきながら答える。必然的に形の変化が分かるくらい胸が押し付けられ箕崎真衛は気まずそうな戸惑いを隠しきれていなかった。

「聞きたいって……円香さん自身は全然歌わずにローテーションにもほとんど参加してないんですけど……」

「そりゃあ歌いにくいわよ、このみちゃん達と私ではジェネレーションギャップがあるんだもの。違う世代の歌を歌わせて晒し物の公開処刑にしようだなんて、ひどいわこのみちゃん……」

「や、別にそういう訳じゃ……」

 わざとらしい泣き真似をしながら箕崎真衛にすがりつく円香を見ていれば私でもわかるわ。深刻に悩んでなどいなくてただ歌うのを避けたいだけだって。

「あはは……まあでも一緒に歌い始めるのはいいかも。ねっ、お兄ちゃんっ」

 頷く箕崎真衛や私を含めてとりあえず円香の案自体には反対する意見も出てこない。それならもちろん私はルリトと――

「う~ん、別にいつものメンバーで歌った後でもいいんだけど、私はもっと違った組み合わせも見てみたいのよね」

「違った……」

「くみあわせ……?」

「共通点のある者同士なんか相性良いと思うわよ。ここをこうして――」

 そう言いながら円香は顔を見合わせる私とルリトの両隣にゆずはとこのみを連れてきた。

「はい、まずはゆずはちゃんとルリトちゃんでチーム‘‘おしとやか‘‘っ」

 まあその共通点には私も納得するし二人共少々照れながらお互いに微笑み合う。

「そしてこのみちゃんとリシアちゃんでチーム‘‘ツンデレ‘‘」

「「なっ!?」」

「最後に共通点とはちょっと違うけど、真衛君と真実ちゃんのチーム‘‘兄妹‘‘でまとめれば王道を残しつつ新たな――」

「ちょおっと待ってくださいっ! めいしょうっ! 名称に納得いかないんですけどっ!!」

「そっ、そうよっ! 何で私達が――っ!」

「あら、二人共自覚してたんじゃなかったの? 素直になれないことっ」

「認めた覚えはありませんっ!」

「どこが素直になれないっていうの!?」

「だって素直に話せないから箕崎君より上の立場で話そうとするところなんてそっくり――」

「「っっ――!! ちっ、ちっがーーうっ!!!」」

 確かに箕崎真衛がほとんど低姿勢だから怒ったり追及してる時の方が話しやすかったけどっ! にやにやしてる円香を見てるとそれを認めたくない自分がいる。声が重なったこのみもおんなじ気持ちなのかしら……。

「まったく……勝手に決めつけてほしくないよねリシアちゃんっ」

「っ……えっ、ええ。その通りだわっ」

 この時初めて、私はこのみと飾らない受け答えが出来た気がした。

 それからはルリトと一緒に歌ったり、このみと一緒に歌うことが出来たり。選曲だって同じ画面を見ているほど距離が近いのに、さっきみたいなぎこちなさを私自身があまり感じない、自然に近い対応が出来ている。あれ? 私が悩み過ぎていただけで、意外と簡単なことだったのかしら……? でも……。

「真衛君、円香さんの言うことなんて絶対鵜呑みにしちゃだめだからねっ? 私は恥ずかしかったりとかそういうんじゃなくて、ただ真衛君を心配してっていうか――」

 このみは歌わない時にひたすら箕崎真衛へさっきのことについて弁明していた。苦笑いの箕崎真衛はそんなこのみやゆずは、真実を相手しながら一人一人に付き合ったり、四人一緒に歌うこともあって。ひとしきり歌い終わりみんな最後の曲を入れ出す頃、ワイングラスを片手に壁に寄り掛かる円香の元へ近づく私。

「……ねえ、さっきの提案ってその、もしかして――」

「ん~? 相性、案外悪くなかったでしょ? 私は楽しめたけど、もしかしてって何のこと?」

「っ……や、やっぱり何でもないわ」

 結局円香に訊きたいことを言い出せず、遠ざかろうとした私に聞こえる声で円香が呟いた。

「リシアちゃんが、わかりやすかっただけじゃない?」

「っ……!」

「切っ掛けを作ってもね、実を結ぶ結果を引き寄せるためには当人の心が必要不可欠だから。行動しやすい環境もあるとさらに便利かな~」

「円香……」

「こうして箕崎君達を見ていると、私の切っ掛けにしっかり答えてくれてるって思うの。あなたの記憶に、こんな場所ってあったかしら?」

「…………」

 やはり円香とは、まだまだ仲良くなんてなれそうにない。私にとってはつかみどころがなくて、全然中身のわからない不思議な人って印象。でも箕崎真衛達がなんだかんだ彼女から離れない理由は、私が今感じたような気持ちのせいなのだろうか。

「リシアちゃんっ、次はリシアちゃんの番ですよ?」

 奥にいるルリトの声に気付くと、ちょうど近くにいたゆずはがマイクをそっと渡してくれる。

「リシアさん、どうぞ?」

「っ……あ、ありがと」

 マイクを受け取った私が前に立つと、最初に歌った時と同じように注がれるみんなの視線。改めて再認識してしまった。これは、ふさぎ込んでいた時の私には無かったもの。過去の私を思い出すほど今の境遇が輝いて見え、私の中で熱い感情がこみ上げてくる。最後だからと、しんみりする曲を入れてしまったせいかもしれない。歌い始めはよかったけれど、だんだんと私の声には涙が混じってきてしまう。

「リ、リシアちゃん……?」

 ルリトを含め円香以外の皆に動揺が拡がっていく。ついに歌いきれなくなった私は、嗚咽を漏らしながらしゃがみ込んでいた。

「ど、どうしたんですかリシアちゃん……!? どこか具合でもっ――」

 心配してくれるルリト達に首を振って否定の意思を示し、理由を話すかのように自分の思いが溢れ出す。涙を見せてしまった以上、取り繕う余裕なんてないのだから。

「ごめんなさい、私、こんな風に楽しく歌えたの、初めてで……」

「「「「「っ…………」」」」」

「ほんと、恵まれてるわよね……こんなにも楽しい時間を与えてもらって……閉じこもらなくても、私を受け入れてくれるみんながいること……改めて実感したら、ぐすっ、嬉しくて……すんっ、もう、過去の私じゃ……ないんだって……。あなた達にとっては、何気ない日常の一部にすぎないかも、しれないけど……」

「リシアちゃん……」

 寄り添ってくれるルリトと私の側に、そっとティッシュ箱が置かれる。ゆずはが気をきかせて持ってきてくれたものだった。

「……ううん、そんなことないよリシアちゃん。リシアちゃんが一緒にいるようになって、ぼく達の日常も、ぜ~んぶ変化してるっ」

「っ……そうよね、私のせいであなた達は――」

「わわわわっ、そっ、そーいう意味じゃなくて、一緒に遊ぶようになってからってことっ。確かに過去を忘れないでいてくれるのは嬉しいけど、それでえっと、きょ~しゅく? いしゅく? されてたらぼく達も気にしちゃうし、楽しむときは心の片隅に置いとくだけにして思いっきり楽しまないとっ。ぼく、今のリシアちゃんを信じてるんだからっ」

 真実の言葉に、屋上で向かい合った時の出来事が蘇る。

「……私もね、真衛君に対して今の自分をさらけ出せない時があったの。でも、真衛君は全部吐き出させてくれて、受け止めてくれたんだ……。今、ちょっとでも受け止める側になれてるかな……?」

 このみは時折箕崎真衛と視線を合わせながら、私に語り掛けてくれた。

「リシアちゃん、リシアちゃんが過去を乗り越えつつあるのは、わたしも、真衛さん達もちゃんと実感していますよ? 今日だって、楽しかったって振り返れる思い出の一つになるんですから……」

「……うん……うんっ……」

 そのまま導かれて座った私を、ルリト達は周りで慰めてくれて、

「曲……止めましょうか……?」

「……いいえ、大丈夫。歌えるわ……」

 私は再びマイクを持つと歌い出す。もちろんまだ完全に、涙が乾いたわけじゃないけれど――、

「♪♪♪~~」

 これは悲しむ涙じゃないし、この涙を認めてくれるみんながいるのだから――。

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