第119話 追及へのこたえかた

 「「「!!?」」」

 リシアちゃんの質問が僕に投げかけられた途端ゆずはさん達の視線が一気に僕へと向けられ、それに影響されたのかそうでないのかルリトちゃんや円香さんも僕に注目したのが窺える。しかも現在カラオケ中故歌いながらといった片手間な様子ではなく、実際質問時は間奏中だった曲の歌詞が始まりだしてもゆずはさんは歌い出そうとせずに曲だけが流れ続けていた。思っているのは自分だけなのか雰囲気を少し異質に感じた僕はリシアちゃんの質問に答える前にこの空気について触れずにはいられない。

「えっ、そ、そんな、注目して聞かなくてもっていうか……ゆ、ゆずはさん? その、か、歌詞始まってません、か……?」

 そんな言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに曲が少しずつフェードアウトしていく。ゆずはさんが何も言わず、静かに演奏中止のボタンを操作していた。つまりはカラオケの個室には似つかわしくない、僕の答えを耳に入れる空間が出来上がっていたのであって――。

 リシアちゃんは一瞬戸惑っていたけれど、すぐに僕へと問いかけた質問に対して補足をし始めた。

「もみ比べてなくてもどう思ってるかくらいは自分の中に持ってるでしょ? ちなみに巨乳って答えたら私やルリト、あんたの側にいる真実のことも少なからず敵に回すことになるわよね」

「えっ、わ、わたしも入ってるんですか……? えっと、その、わたしは敵に回るとかそのようなことは……」

「っ、えっと……ご想像にお任せしま――」

「箕崎くん? まさかそんなこの場を乗り切るためだけの逃げるテンプレ定型文でリシアちゃんが納得するとか思ってないよね? どういうのが好きなのかちゃんと言ってもらわないと」

 ひどい、何故だろう、さっきの会話では真実も使っていて許されていたし円香さんも何も言わなかったはずなのに。僕視点では邪悪な印象が付きまとう満面の笑みを浮かべた円香さんの鋭い指摘が突き刺さる。しかし結局それを誰もフォローしてくれず全員僕を見続けているので、少なからずそれはこの場にいるみんなの総意なのかもしれない。

 滝のように冷や汗を流す僕。板挟みとはこういうことを言うのだと思う。せめてここにいる何人かでも関心を持たないでいてくれれば……どうして全員しっかり聞く態勢を整えているのだろう。敵を作るというのは言いすぎだと思いたいけれど、少なくともこの状況で誰かを落ち込ませないようにする解答なんて――。

 言いよどみながら定まらない視線を動かし続け、ちょうど真実と目が合ったその時――、

「えっと……お兄ちゃん、無理しなくていいよ……?」

「っ……」

 そこで見たのは、表情に‘‘仕方ない‘‘という意味を滲ませながら僕を見上げる真実の姿――。

「ゆずはお姉ちゃんや円香さんのほうがやわらかいのはぼくも確かめてるし。ほら、大きくてやわらかい胸触らせてくれて感謝してる~っていうかさ。見た目も女性らしいなあ~って、自分の中ではわかってるから……。お兄ちゃんがする普段の反応だって違うんだもん、気を遣わなくても大丈夫だよ……」

「真実……」

 僕は必死に思考を巡らせる。真実の言葉を聞いてもなお不安そうな表情を崩さないゆずはさん、複雑そうに僕を見ているこのみちゃん、円香さんの様子だって二人と違い、おそらく僕がそれを踏まえてどんな解答をするのか試しているようにも見える。

 真実の意見を受け入れるのか、それとも――。この二者択一を選べばおそらくではあると思った。受け入れればいくら自覚していると言葉に示していても真実に小さな針を突き刺すことになるだろうし、かといって受け入れなくてもゆずはさんや円香さんがここにいることを忘れてはいけない。もちろんちょうど間に挟まれた立場にいるこのみちゃんのことだって考えなくてはいけなくて。結局それは、最初に僕が言いよどんでいた答えと何も変わらないのだ。出来ることなら、それは考え抜いた後、最後の手段にしたい。

 この状況で一番最適な、穏便な台詞とは――。視線が集中する中で僕はみんなを見渡しながら探していた、当てはまる共通点を。そろそろ答える時間としては不自然な間になっていく。果たして存在するのだろうか。不安がよぎっても考えることをやめない。

 そして頭を限界まで回転させた末、僕はようやく妥当だと思える言葉に辿り着き、導き出した。


    「――えっと、身長に合った大きさが好き……かな……」


「「「「「「…………」」」」」」

 予想していた範疇の外だったのか誰も即座に反応を返せず、少しの間沈黙が流れる。

「それって……」

「つまり……身長が大きければ大きいほど……小さければ小さいほど……ってこと?」

 このみちゃんの問いかけにぎこちなく頷く僕。円香さんはいち早く僕の意図に気付いたのかくすくす笑いをこらえていた。

「ふふふっ、よくまあここにいる全員に当てはまる内容言えたわねぇ箕崎君。リシアちゃん? 箕崎君も必死でその敵とやらを作らない答えを考えたみたいだし、その解答で許してあげたら? 私は面白かったわよ? ちょっと箕崎君の本心が聞けたかどうかまでは怪しいけどっ」

「っ……まあ、箕崎真衛は巨乳至上主義者じゃないってことでいいのかしら……」

 リシアちゃんの追及が緩んだ直後、僕はようやく全身の緊張を解くことが出来た。

「はあっ、はあ……」

 だらだらと流れる冷や汗も引いていき極度の緊張から解放された瞬間の動悸や息切れを徐々に落ち着けていく。わかっていながら発言する円香さんの「あら? 私達の胸のことばかり考えて興奮したのかしら箕崎君?」という言葉にも否定する余裕がない。

「お兄ちゃん、大丈夫……?」

 心配してくれる真実が寄り添うのと同時に僕にしか聞こえないような声量で、

「ありがと、お兄ちゃん……」

 そう続けてくれた。僕も同じように真実へと返す。

「その、自分を貶めなくても大丈夫だよ……? 真実……」

「っ……」

「真実が自分のこと悪く言うとその……ムキになっちゃうから……。さっき言ったことも、真実に合わせた嘘ってわけじゃないっていうか……」

「お兄ちゃん……」

 途中で少し恥ずかしくなり苦笑いに変えちゃったけど、嬉しそうにはにかむ真実のコンプレックスが少しでも和らいだのなら何よりなのかもしれない。

「ほらほら箕崎君への質問も終わったんだからまた歌い始めましょ? ていうか箕崎君の反応が違うのって感触が伝わらなくて認識してないからだろうし、真実ちゃんが上半身裸にでもなってみれば真衛君が意識してるかなんてすぐ確かめられるんじゃないの?」

「っ! そ、そんなこと出来ないよぉ……」

 無理な提案をする円香さんと恥じらう真実に別の意味を込めた苦笑いを向けつつも、雰囲気は少しずつ盛り上がりの方向へと戻っていった――。

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