第111話 話しにくいコト、枕と一緒に抱えます

 円香さんに特殊な枕をもらった日の夜。一応意思表示を兼ねるという側面があるので僕は大丈夫と書かれた方の新しい枕をベッドの上に置いていた。それでも真実には気を遣わせてしまったのか、今日の僕はベッドの中心に身体をゆだねている。明日辺りにでも、真実にはあんまり気にしないよう言葉をかけておくべきかもしれないと思う。真実の温かさが無い代わり、久しぶりの解放感を味わうのもたまには悪くないかななんて考えながらベッド手前のライトを消すためスイッチに触れようとしていた時、ふいに僕の部屋の扉をたたくノック音が鳴った。

「……?」

 真実がやっぱり今日も訪ねて来たのだろうか? でも真実はもうノックなんてせず勝手にベッドの中へと入ってるくらいなのだけれど……。

 不思議に思いながらそのノック音に対して開けても構わない意思を示すと、扉は小さな音を立ててゆっくり開いた。

「っ……このみちゃん?」

「まっ、真衛君、その……こ、こんばんはっ……」

「……?? う、うん……」

 挨拶をされる違和感に同じ挨拶は返すことが出来なかった僕。このみちゃんの腕には今日円香さんからもらった枕が抱えられている。

「えっと、どうしたの? こんな時間に訪ねてくるなんて珍しいけど……」

「っ、えっ、だから、その……円香さんからもらった枕、使ってたりするの……?」

「っ、うん、せっかくだから……」

 苦笑いを含めた表情を返す中で、このみちゃんが僕の使用している枕にちらりと視線を向けながら話を続ける。

「……今日はその、一人で眠りたいとかじゃ……?」

「っ、ううん、一人も悪くないけど、別に希望してた訳じゃないから……。真実にも気遣われちゃったみたいで……」

「……ほんと?」

「うん」

「…………そ、そっか」

「…………」

「………………」

 ――しばらく会話が途切れた。

「……えっと、枕を使った感想が欲しかった……とか?」

「うぇっ!? や……ほら、私だって持て余すのもなんだかなぁって思ったっていうか……だからね、その――」

「そっか。このみちゃんはどうだったの? 僕結構寝心地自体は気に入ってるけど――」

「っっ――――」

 再び会話を続けようとした僕の言葉が途切れる。何故だかわからないけれど、このみちゃんの様子がおかしい。俯いて小刻みに震えだしているような、そんな気がした直後、眉のつり上がった表情が一瞬見えたと思ったら突如として僕の顔めがけ枕が飛んできた。

「わぶっ!!?」

「枕の感想なんてこんな時間にわざわざ訊きに来ないからっ!!」

「!?? ??」

 頭の整理が追い付いていない中でとりあえず視界を確保しようと投げつけられた枕をどかすと、このみちゃんが僕のかけている布団の中に入ろうとしている姿が映し出される。その怒ったジト目と合わさる顔の朱色っぽさが明りに近付いたことでより鮮明に把握できた。

「真実が入り浸るほど真衛君のベッドが寝心地良いなら私もちょっとこの枕と一緒に確かめたかったのっ! まさか私は隣にいちゃ駄目なんて言わないよねっ!?」

「っ、い、言わないけど、ちょっと予想外で驚いたっていうか……このみちゃんが僕と一緒に眠――」

「なっ!?? 一緒に眠りたいなんて一言も言ってないでしょっ!? 勝手に曲解しないでっ! 訂正してて・い・せ・いっ!!」

「い、いや、眠りたいとまでは言うつもり……なかったんだけど――」

 間近に真っ赤な顔を近づけられベッドから落ちるぎりぎりまで追い詰められた僕。このみちゃんはひとしきり僕を半目でにらんだ後、背を向けるように横向きでベッドに身体を預ける。

「とにかくっ、ぜえっったい私の身体に触れないでねっ。おやすみっ」

 こうしてほとんど一方的なやり取りが続いたのち、僕は今日もベッドの中心で眠ることは叶わなかった――。


            〇 〇 〇


 「自分でおんなじベッドに潜り込んできておいて身体に触れるなって、随分理不尽な言い分だと思わない? ゆずはちゃん」

 私がリリムを抱えながら箕崎君の部屋をのぞいているゆずはちゃんの後ろから不意打ち気味に小さく声をかけると、ゆずはちゃんはびくりと身体を反応させた。

「まっ、円香さん……。その、トイレの帰りにこのみさんを見かけて、少し、気になってしまったものですから、その――」

「ふ~ん……ゆずはちゃん枕持ったままトイレ行くなんて私知らなかったわ~」

「!!!??」

 私の含みを持たせた発言にゆずはちゃんは顔を俯けてしまう。

「あの、えっと、えと、その――し、失礼しますっ」

 慌てふためき俯けた顔のままそそくさと自分の部屋に戻っていってしまったゆずはちゃん。

「――ふふっ、きっかけが無いと中々踏み出せないでいるんだから。今度は家族用の特大ベッドでも用意してあげようかしら。そうしたら私も混ざれると思わないリリム?」

 私は一緒にこの光景を見に来たリリムの頭を撫でながらそう彼女に話しかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る