第110話 「大丈夫だよ」「ちょっと厳しいかな」枕

 日常が続いていても、時としてその中での変化というものは存在していくようである。

「ん、んん……」

 日差しが部屋を照らす朝、僕は静かに目を開けながらまどろみを振り払っていった。

「っっ……」

 開いた僕の目に映ったのは規則的な寝息をたてている小さな女の子。この子が見知らぬだれかで自分がかけている布団にいつの間にか潜り込まれていたのだとしたら、僕は叫び声をあげつつベッドから落ちていたのかもしれない。でも意識が回復するのと同時に昨日の記憶を辿ることができる僕は、目の前の女の子が一緒に眠った真実であることを理解出来ていた。少し前までは一人で使用していたベットも、既に悠々とした解放感は無くなっていて。だけどその前より窮屈な状況が不快ではなく、むしろ心地よさすら感じられる。故に驚いたのは、真実が隣で眠っていることではない。幼さの残る可愛らしい真実の小さく整った顔が、寝息を感じ取れるのではないかというくらい間近に迫っていたからなのだ。

 この距離で見ないと目立たないきめ細やかな肌や弾力のありそうな口元に、僕は頬の赤さを隠しきれずにいると思う。ここにいる真実を含めて誰にも見られていないだけ幸いだろうか。最近ほとんど毎日のように同じベッドで眠っているからこういった偶然が起きても仕方ないけれど、今回のように焦ってしまうので出来れば少ない頻度であることを願いたい。

 慌て気味に離れた動きが伝わってしまったのか、真実も少し眠そうに目を覚ました後やがてゆっくりと身体を起こす。

「お兄ちゃん、おはよ~……」

 女の子座りで目をこすりこすりする真実は、髪が不自然な形に固定されていた。


            〇 〇 〇


 「というわけで、最近真実ちゃんが真衛君の部屋に入り浸るようになったじゃない?」

 早朝という時間はとうに過ぎて、時計の長針も短針もぴったりとした時間を示さない頃、円香さんの言葉は水島家居間にいる僕達の視線を集める。既に真実の髪は跳ねも直されいつものようにまとめられていた。

「えっと、何が『というわけ』なんですか……?」

「っ……だめなの……かな?」

「別に駄目というつもりじゃないし、箕崎君からも言われないでしょうね」

 僕の発言は華麗にスルーされて話が進められていく。まあ今の内容を止めるほどのものでもないから構わなくはあるのだけれど。

「だけど毎日っていうのはさすがに箕崎君もいろいろ気を張って我慢しちゃってると思うの」

「……? 気を張ったり我慢なんてしなくてもいいよ? お兄ちゃんにもぼくとおんなじようにぐっすり眠ってもらいたいし」

「う~ん、ぐっすりは眠れてるかもしれないけれど、たまには一人になりたい時間っていうのかしら? 箕崎君にも必要なのよ、男の子の時間がっ。ねっ、箕崎君?」

「っ、いや、えっと……」

「ほら、箕崎君が言いよどむってことは図星でしょ?」

「そっか……お兄ちゃん一人の時間もほしかったんだ……」

「…………えっと、ほんとに、そんなこと……」

 この水島家で過ごしてきた時間も長くなってきたせいなのか、僕が明確な回答を示していないのに意思を決められ始めてしまっている。

「とまあそういうことなんだけど、さすがに私もその頻度までは把握していないわ。毎回尋ねるのも煩わしくて大変でしょ? ということで――」

 円香さんは自分の部屋へと戻り、何やらふかふかしたものをいくつか抱えてやってきた。

「じゃ~ん! 『大丈夫だよ』、『ちょっと厳しいかな』まくら~っ!!」

 円香さんが嬉々として僕達に見せたのは、確かに僕達が何気なく使用している枕と同じ形ではあった。ただ円香さんがわざわざ紹介してくるものが普通ということはおそらくないだろう。色の違う二種類の枕にはそれぞれ先程円香さんの言った言葉が印刷されている。

「この枕を使えば言葉に出さずとも意思疎通が図れるのっ。普段一緒に眠る時はこっちをベッドに置いておいて、一人の時間が欲しい時はもう一つの方を置いておくとそれを見た相手へ自然に伝わるってわけ。はっきりとした意思を示せないこの国の人達に合わせた言葉で添い寝生活をしっかりサポートっ。もちろん真実ちゃんや箕崎君だけじゃなくて、はいこのみちゃん、ゆずはちゃんにもっ」

 特殊な枕を僕達みんなにそれぞれ配っていく円香さん。

「……私達に配られても持て余すだけじゃないですか」

「いいじゃない、人数分あるんだから。普通の枕としても使えるんだし、受け取っておいて損はないでしょ?」

「良く出来てるんですね~……」

「私が作ったわけじゃないけどね。とある場所、具体的にはルリトちゃんのお屋敷にそういう知り合いがいるの。大事に使ってねっ♪」

 言い終わった円香さんが今度は僕だけに聞こえる声で話し出す。

「気が利くでしょ箕崎君っ。これで思う存分一人でないと出来ないコト、いっぱい堪能しちゃってもいいのよ?」

「えっと、頼んでいないんですけど……。困っているわけでもありませんでしたし……」

「ふふっ、選択肢が増えたことはいいことじゃない。問題ないならいつも片方だけ使っていればいいってことでっ」

 毎回円香さんの言い方には何か含みを感じるのだけれど、言われたことは事実なので僕はとりあえず頷いておくことにした。

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