かどばかりのピースが納まるように

第109話 私のぷにもち体験記

 私の名前は秋坂リシア。小さな頃から何年も何年も辛く苦しい環境に身を置いていたわ。ええそれはもう普通の人ならとても耐えられないような、一刻も早く逃げ出したいと泣き喚き死んだ方がマシとさえ思えるような過酷さ極まる状況だったのよ。でもそんな絶望の底の底、暗く深い穴の上から一筋の糸を垂らしてくれた人がいたの。全体を見て正確に言えば『人達』だけど今は置いておかせて頂戴? だって私はその中の一人のことを考えるだけで頭がいっぱいなんだもの。そう、その人はまさに天使、大天使っ、アークエンジェルっ!! 慈愛に満ち満ちた微笑みを向けられるだけで、いえ想像するだけでほっぺが緩んで落ちてきちゃいそう。両手で支えるのに忙しいわ。選ばれた存在って言っても過言じゃないでしょうね。なにせ住んでいるお家も超豪邸でメイドさん達も数えきれないほどお仕えしているお嬢様なんですものっ。そんなお屋敷にお邪魔させてもらっている私はなんて幸せ者なのかしらっ。過去の荒んだ心が洗われていくよう――

「リシアちゃんっ」

 はあぁ……私を呼ぶうるおいヴォイスが響いてくる。私の耳に届いた声が頭の中で音符となって内側を反射し続けているの……。

「ルリト……」

「リシアちゃんここにいたんですか? お屋敷内は広いのであんまり遠くに行くと迷子になってしまいます。気を付けてくださいね」

「ごめんなさい、見慣れない景色が続くものだからつい……。もうルリトの側を離れたりしないからっ」

 私はその言葉と共にルリトの腕を抱き寄せぴったりと頬を密着させた。ルリトの腕の感触、なんてやわらかいの……。服ごしでこれなのだからきっと直接触れた時には――もうぷにぷにね、ぷにぷに。ノースリーブとか着て腕を晒してくれたりするようなチャンスないかしら。まだ触ったことないけれど、腕がこうなのだからきっと脚の方も侮れないでしょうね。ああもういっそ堪能できるならどこを踏まれたって構わないわっ。でもルリトのことだから、もし頼まれても必死で断り続けるか、断り切れずにおそるおそるやさ~しく足を乗せたり力を入れたりしてくれるんじゃないかしらっ。まあもしもの話はこのくらいにして、脚の感触とかはこれから座った時にでもさり気なく確かめておきましょっ。

「リ、リシアちゃん、その……そんなにくっつかれると、歩きにくいですよ……」

「だいじょ~ぶっ、私がいつでも支えてあげるわっ」

「は、はあ……」

 抱き着く箇所を肩や頬、頭の近くへ移動させつつルリトと一緒に歩き出した私。腕や脚もいいけれど、やっぱりこのほっぺには劣ってしまうかもしれないわ。もうねこう、なんていうの、もちもちしてて……ぷにもちよ、ぷにもちっ。

 見覚えのある廊下まで戻ってくると、一人のメイド服を着た女の人が顔に手を当てて何やら困っている様子だった。たしかルリトの身の回りをお世話しているメイド長だったはず。なんて羨ましすぎる立場だとも考えたけど、それに見合う実績を兼ね備えているのよね。私には無いルリトが充実した生活を送るための。

「和葉さんっ、どうかしたんですか?」

「っ、お嬢様……。リシア様もご一緒なのですね。お二人にはあまり関わりのない内容ではありますが、いい加減メイド達の住む別館の満室問題を解決したいと思いまして……。とはいえまだこの前の騒動による被害も完全には元通りとなっていませんし、どうしても後回しになってしまいますねぇ……」

「これ以上希望者を受け入れられないんですよね。実質住み込みとなれば、いろいろ便利になることも多いと思いますし……」

(……ふ~ん、私はセリアと二人暮らしだから考えたこともない話題だけど、たくさんのメイドを抱えるお屋敷故の悩み事もやっぱりあるのね……)

 メイド長の女性が頬に手を当てて悩むのを、私は何気なしに聞いていたのだった。

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