第3章 彼女の変化で変わるもの

プロローグ 彼女が溶け込み始めた日常の始まり

第108話 変化についての情報共有

 「ふ~ん、それは意外な展開ね~」

 日常が戻りつつある中でも特に衝撃を受けた出来事をその場に居合わせなかった円香さんへと話し始めているのは僕達だった。それでも水島家居間での行動はいつも通りで、新鮮なのは今話している話題だけとなっている。携帯電話の画面を指で動かしながら話を聞く円香さんにはあまり驚いた様子が見られない。最も円香さんが驚く表情を見せたところなんて、わざとらしい演技以外では記憶が存在しないのだけれど。話しているこちら側、特にリシアちゃんの写真などの事前情報が無い真実達は特に影響を受けているというのに。

「ぽか~んとするっていうのはまさにあの時のようなこと言うのかな~? びっくりしすぎてその後の帰り道どう接したらいいのかわからなくなっちゃった」

「正確に言えばそこから終始ルリトちゃんにべったりで私達が入る隙間も無かったというのが正しいんですけどね」

 僕は振り向いて苦笑いを浮かべるゆずはさんに同じ表情を返してから前へと向き直る。

「えっと……たぶん、あれが本来の性格に近いんじゃないかな……。今まではただ仮面をかぶっていただけというか、押し込めざるを得なかったというか……」

 小さな頃の写真という情報を持っている僕は、フォローの意味を込めてそう呟いてみたりした。

「リシアちゃんにとってルリトちゃんは私達のような確執が無い訳だしね。実は残念だったんじゃないの~箕崎君。もしかしたらその好意は一番に手を差し伸べた箕崎君へと向かうはずだったかもしれないのにルリトちゃんに取られちゃって」

「えっと、僕は別にそんなつもりじゃ……」

「ふふっ、まあこれならこれで面白くなってきたんじゃないかしら?」

「面白くってそんな他人事みたいに……」

 円香さんの反応に少々呆れ気味の表情を返す僕。

「いいじゃない、何はともあれリシアちゃんは見違えるように明るくなったんでしょ? 前みたいなくら~い顔でネガティブなこと言われ続けるよりよっぽどマシだって私は思うけど」

 確かにその意見には僕も同感の意を示す。眉を下げつつも口元を微笑ませながらゆずはさん達の方を見てみると、三人共同じような仕草が返ってきた。この空間に漂うのは緩めの空気。

「ルリトちゃんもそうだけど、みんながこれからも関わっていくつもりならあなた達が中心になるんだから。私としては今のところ他人事でいられるのよ」

 そんな円香さんの適当そうな声が響いた水島家居間だった。


            〇 〇 〇


 「円香さんも言ってたけど、リシアちゃん明るくなって良かったね」

 夜も更けた頃、僕は体育座りのように足を曲げた格好で座っているであろう真実から話を振られる。予想なのは、僕が真実より斜め前に腰を下ろしその姿を視界に入れていないから。

「……少しでも、何かのきっかけになれていたら嬉しいけれど」

「なれてるよ! だってリシアちゃんに一番最初に歩み寄ったのはお兄ちゃんなんだもんっ。ぼくはほら、それに影響されてみたいなとこだってあるし……」

 後ろから良く響く真実の声を聞きながら、少し間を空けて再び口を開く。

「……ありがとう」

「えっ……?」

「真実がリシアちゃんを受け入れてくれなかったら、きっとまだ、どことなくぎくしゃくした関係のままでいたんじゃないかな。正直、もし三人が受け止めきれなくても仕方ないなって思ってたから……。誰が最初かなんて、関係ないよ。気にしなくても良いと思う」

「お兄ちゃん……。えへへ、ぼくだけじゃないよ。お姉ちゃんやゆずはお姉ちゃん、円香さんだって」

「そうだね……」

 話題が終わり、流れた心地よい沈黙が流れた後、それを破るかのようにして突然扉が開いた。視線を動かしたその先には微妙な顔をした女の子。

「真衛君……な~にナチュラルに真実とお風呂入ってるのっ!!??」

 このみちゃんには湯船に入った真実と身体を洗う僕の姿が映っているのだろう。事実その通りなので僕からは何も言うことが出来ないのだけれど。

「あ……えっと……」

「真実が居間に帰ってこないと思ったらどうりで……いくらタオル着けてるからって二人共もう少しその、異性としての――」

「もう、今更ど~したのかしらこのみちゃん? 一緒に温泉だって入ったのに」

 どうやらこのみちゃんをからかいたいがためなのか円香さんまでやってきてしまったらしい。僕と真実は頬をかきながら顔を見合わせる。

「円香さん――」

「あんなにおっきな声で叫べば家中どこにだって聞こえるわよ。しかも叫んだ内容が内容でしょ? 私に来るなっていう方が無理なお話じゃない?」

「っ……温泉の時と違って二人っきりじゃないですかっ。流石に――」

「それなら二人きりにならないようにっていう『めいもく』を使ってまた間に入ればいいじゃない」

「なっ……!」

「もし真実ちゃんが羨ましいんだったら自分も――」

「あ~はいはいわかりましたっ!。お話はこっちで聞きますからっ……!」

「あらら……? という訳で連れていかれちゃいそうだから、後はごゆっくり~」

 円香さんの声が遠ざかっていくのを感じながら、それでも僕はしばらく動けない。

「えっと……それじゃあ、そろそろあがろっかな……」

 真実もここにいづらくなったのか湯船から出ようとするみたいで、僕はそれに助けられる。既に身体を洗い終わっていた真実はそのまま脱衣所の方へ歩き出した。洗い終わるまで真実の方を見ないようにするのはものすごく大変で恥ずかしい時間だったけれど、今ではもはや成し遂げた功績となっていて。さっきみたいに真面目な話をしている時はその内容に集中できるためありがたくもある。僕もそういえば身体を洗うことを中断していたので真実に背を向け再開しようとした。

「きゃっ!」

「っ! 真実っ!?」

 脱衣所へと向かう途中で突如上がった真実の小さな悲鳴に僕は即座に反応を示す。転びやすいお風呂内で足を滑らせたかもしれないと考えたから。

「っ……!」

 その考えは杞憂に終わってくれたけれど、光景から察するにどうやら真実を包んでいたタオル、その結び目が解けてしまったようで。そこには何とかタオルを両手で押さえつつ頬を染めるきわどい恰好の真実――。

「と、とれちゃった……」

「ごっ、ごめんっ!!」

 僕はすぐに再び背を向ける。

「えっと……先に、あがるねっ。ベッドで待ってるから……」

 真実がお風呂の扉を閉める音を聞いた後で、僕はようやく大きく息を吐くことが出来たのだった。


            〇 〇 〇


 お風呂場では少々慌ただしくなってしまったので、ベッドに足を伸ばしてから僕はもう一度リシアちゃんのことをゆっくり考える。あの出来事は確かに衝撃的ではあったけれど、きっとリシアちゃんの中で何かしら心境の変化があったことは確かだろう。これからはゆずはさん達もリシアちゃんも、お互い前よりは気負わずに接することが出来るはず。

「お兄ちゃん……」

 隣にいる真実は眠っているのかただ眼を閉じているだけなのか今よりもう少し僕へと寄り添ってくる。家でもお風呂に入って来られた時は戸惑いつつも、それだけ自分との仲を深めてくれたこと自体は純粋に嬉しくて。お風呂上がりでほのかに漂う真実の香りと女の子らしさにちょっぴり恥ずかしくなりながら、僕は真実と同じ温もりの中で静かに眠ることとした。

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