第102話 飛び降りた僕の変化、見届けていた私の気持ち

 僕達がバルコニーに足を踏み入れてから少し経って、ゆずはさん達を含めた沢山のメイドさん達が僕達が飛び降りる用の大きなマットを下へと運んできてくれた。消防の人達も徐々に到着しつつあり、準備が少しずつ進められ始めているのだろう。

「真実、降りても大丈夫? 怖くない?」

「うんっ。お兄ちゃんの背中にぼくの身体は任せてるもん……」

 風が僕達の髪を揺らす中で真実の確認を取った後、僕は改めてバルコニーから見降ろせる視線の先に注目する。着地点であるマットの周りから少し離れて、僕達を心配そうに見上げているこのみちゃん達。端にある手すりの上に乗るのは両手を使うため少しの間背負っている真実の脚を離したりと苦労もあったけれど、何とかもう一度真実の脚を支え直すことが出来た。

 今まで飛び降りたこともない高さだし、手すりの上だとさっきより思った以上に距離を感じる。でも恐怖は後ろで背中に頬を当て僕を頼ってくれている真実、僕達の状況、飛び降りれる場所を作ってくれたみんな、今足を置いている場所のバランスの危うさその他諸々を考えれば、一瞬の苦笑いだけで治まってくれた。吹き飛んだ訳じゃない、抱えつつ、乗り越えたという実感なのだと思う。僕は再び真実を支える腕に力をこめ直し、手すりや地上目掛けてはるか下に滴り落ちていく血を視界に映しながらもバルコニーの手すりを蹴った。

 すべてがゆっくりと、スローモーションに流れていくような感覚を覚える。落ちていく途中で真実の方に振り返る余裕があるような。口元に小さな笑みを浮かべつつ目が閉じられていても、両手から加わる優しい圧力を微笑ましく思った時――。


[これからもずっと、ずっとこの温もりを大切に抱きしめていられるよね? お兄ちゃん……]


「っっ――!」

 今の真実は口を動かしていない。僕の耳が声を拾った訳でもなかった。確かに響いたのは真実の気持ち。全然使用していなかった僕の――。

(どうして……)

 勿論僕が意図したからじゃない。だけど、今はそれよりも真実が思い浮かべた言葉に対する答えを心の中で呟こう。真実の気持ちとは違って、僕のは真実に伝わらないけれど。

(もうすぐ、もうすぐいつもの居場所に戻れるよ。そしたら、もし僕なんかで構わなければ、いくらでも――)

 みるみる着地場所が近づいていく中で、僕はただマットに埋まる瞬間を待ち続けた――。


            〇 〇 〇


 箕崎真衛達が飛び降りてから着地するまで、ルリトと一緒に助け出されてた私は少し遠めからそれを見届けている。着地した後すぐにゆずは達が駆け寄り、涙を浮かべながら無事を喜んだり容態を心配したりしていた。血にまみれた箕崎真衛を含めて二人共力が抜けているのかマットの上からは動かない。特に箕崎真衛は立ち上がろうとしてそのまま倒れこむ経過も経ているのだけど、それでも意識がはっきりしているようで安心した表情を浮かべつつゆずは達に応対している。

 周りで優愛と呼ばれていたメイドが同じくらいの背格好をした女の子と再会を喜び合っていたりする他にも慌ただしく状況が変化していた。消防隊はようやく本格的に活動を開始するらしい。私は再び箕崎真衛達へと視線を戻す。

 今回までの箕崎真衛を見ていて、やはり前に不純な光景を目撃した時のイメージはある程度私の誤解や偏見が含まれていたのかもしれないという気がしているのだ。ほとんど半裸に近いような際どい恰好の女性と密着していた事実が消える訳ではないので、まだ無かったこととして扱えず頭の片隅にひっかかってはいるのだけれど。お人好しの印象なのは間違いないとは思うが箕崎真衛が本質的にどういう人物なのかについてはまだ私にとってわからないことだらけだし、様子を観察し続ける段階だと結論付けた。

「リシアちゃんは、一緒に行きませんか?」

 ゆずは達に遅れて箕崎真衛達のもとへ向かおうとするルリトに誘われ、私は言葉の通り言われるがままついていく。緊急時である今、自分が生きたからには怪我をした箕崎真衛などを治療する場所に運ぶ手伝いをすることくらいは出来るのかもしれなかった。ただ優しく関わられるだけで何もできなかった分、罪滅ぼしとしてちょっとは役に立てると思っていいのかな、私――。

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