第101話 真っ赤なおでこの王子様

 ぼくがお兄ちゃんに抱えられて来た場所は最上階の中心部に位置する広い空間。広さと高さがあるせいなのか、見た目からも廊下より煙が充満しているようには思えない。お兄ちゃん達と楽しく夕食を食べた場所。賑やかだった時と違って今はぼく達の座っていた椅子も含めて全部綺麗に片付けられているし、ぼくとお兄ちゃんだけでは大きすぎるがらんとした中で奥にある床につくほど大きな窓も置いてあるものが少ない分より際立って見えた。

「お兄ちゃん、どうするの……?」

 大きな窓付近にそびえたつ太い柱部分へとぼくの背中を預けて座らせたお兄ちゃんに対して、ぼくは巡り合ってから初めて口を開く。廊下よりは呼吸が楽だとは言え、このままだとここもきっと廊下の二の舞になってしまうと思う。

 お兄ちゃんはぼくの隣に座り携帯に触れて操作し電話をかけ始めた。ぼくにも聞こえるようにスピーカー機能もオンにして。

〔真衛君っ!?〕

「このみちゃん……?」

〔良かった……。本当に心配で仕方なくて、真実も全然外に出てこないし――〕

〔大丈夫ですか真衛さんっ? 真実さんは――〕

 お姉ちゃんのほうも同じようにしているらしく、聞こえてくる声からゆずはお姉ちゃんも隣にいるみたい。

「うん、何とか無事かな。真実も一緒」

「お姉ちゃん、ゆずはお姉ちゃん……」

〔そうですか……っ、何よりでした……〕

 ゆずはお姉ちゃんの安堵が大きくこもった言葉にぼくとお兄ちゃんはお互いちょっぴり黒くなった顔を向かい合わせる。

「えっと、今最上階の中心、大きな窓がある場所にいるんだけど……」

〔最上階の大きな窓――〕

「うん、夕食を食べたところ。避難し終わってるなら、外からも見えるはずだよ。それで、メイドさん達に伝えてくれないかな……。本館にある体育館の方にすごく大きなマットがあるはずだから、それをバルコニーの真下辺りに持ってきてほしいんだ」

〔っ、真衛君、もしかして――〕

「僕のやりたいこと、わかってくれた……?」

〔――うん、避難してるメイドさん達に確認してみる〕

「うん。それじゃあ、よろしくね」

 そこまで聞くことが出来れば、ぼくにも予想がつくしお姉ちゃん達も把握できたと思う。でもバルコニーへと出るためにはあの大きな窓を開かなければならない。

伝えたいことを伝え終わると、お兄ちゃんは静かに電話を切った。

「お姉ちゃんもゆずはお姉ちゃんも、ちゃんと避難出来てたみたいで良かったね」

 直後のぼくが話した内容にお兄ちゃんは頷きつつ立ち上がり、大きな窓の前に立つと両手を添えて力をこめる。

「やっぱり少し、厳しいかな……」

 夕食時にぼくが見た時でも窓の開閉は機械操作だったので、お兄ちゃんにとってもこの方法は駄目元だったらしい。お兄ちゃんは両手での開け閉めをすぐに諦めた後後ろへと下がっていく。十分下がったところで一切躊躇なく前に加速し、自分の身体を大きな窓へと叩きつけた。

 つんざくような音が響いて窓のガラスが砕け散る。勢い余ってバルコニーへと出てしまったお兄ちゃんは、尖って鋭利になった部分のガラスを割りながら戻ってきた。

「大丈夫? 行こう、真実」

「お兄ちゃんっ――」

 壊された窓からは風が吹き込んで月明かりに照らされるお兄ちゃんを一瞬鮮明に確認でき、ぼくは言葉に心配の意図を含ませる。手を差し伸べてくれたお兄ちゃんの額から真っ赤な血が顔を伝っていたのだから。

「っ、あはは……切れちゃったみたい。心配してくれるのは嬉しいけど、でも今はここから早く脱出しないと」

 お兄ちゃんはぼくの手を引いてくれたけれど、やっぱり怪我をしている足に力が入らなくて立ち上がれず足を押さえてしまう。その行動した様子でぼくの状態を察してくれたお兄ちゃんは、ここに入った時とは違ってぼくを背中に背負ってくれた。頬をお兄ちゃんにぴったりと押し付け温もりを感じながら、ぼくはお兄ちゃんと一緒にバルコニーへと移動していく。苦しい思いもしたし今身体を撫でる風も冷ためだけれど、この頬に伝わる大切で大好きな暖かさが何より心地良かった――。

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