第97話 ひとつの孤独な闇が身を委ねれば

 結局私が俯きがちに足取り重くさまよい歩いている今まで、求めていた『誰か』にも誰にも会うことは出来ていなかった。身体に力を入れずほぼ無意識に足だけを動かし続ける。

 途中から耳に響き続けた五月蠅うるさい音は、この屋敷全域になるべく危険を知らせなければならないのだから、仕方ないのだろう。

 そう、これは危険を知らせる警報音。だけど、それでも私は。何が起こったかの意味だって理解できる。でも歩くスピードが速まったりはしない。この警報音が私に与えた影響といえば、今のところ聞こえ始めた瞬間に反応して一瞬立ち止まったことくらい。

 もしこのまま逃げ出したとして、助かったとして、いったいその先の私に何があるというのだろうか。ゆずは達も、ルリトも迷惑をかけるからと突き放した。私がいるだけで周りにいてくれるみんなが気を遣う。余裕が無かったとはいえ今までどれだけ自分を客観的に見てこなかったのか、気を遣われた出来事を思い出して自虐的な、呆れた笑みが口に浮かんでくるのだ。運よく助かってしまったら、集団に入れない私は迷惑にならないためにも再び自宅へこもることになるかもしれない。過去と同じように毎日ご飯を食べて、何にもならない時間を過ごして、ベッドに入る、その繰り返し。それでさえセリアのお世話になり続ける。毎日、まいにち――ほら、先が読めてしまう。これから先の未来もずっと、ただひたすらそんな日々が続いていくのなら、私が生きる理由とは何なのだろうか。生きる意味なんて、見出せないのではないだろうか――。

「…………」

 しばらく歩を進めていくと、左右二手に廊下が分かれている分岐路へとたどり着きそうになっていた。正面には外に面していないバルコニー。部分的に、均等な間隔で配置されたステンドグラスがそこから眺められるようになっている。曲がろうとする気力も起きなかったし、そのままバルコニーへと吸い込まれていく私。

 ここへ来たのは箕崎真衛達と一緒に案内された時以来なはずだ。たしか案内していたメイドの人が話していたことは聞き流していたっけ。ずっと抱え込んできていた悩み事のことを考えていたのだから。現に箕崎真衛に話しかけられた時も反応が遅れ、今も内容を思い出すことなんて出来ない。途中で倒れている看板に気が付き視線だけを向ける。裏面が見えるよう倒れているので何が書いてあるか把握出来ないし、持ち上げて確認するほどの興味も当然無かった。

 ゆっくりとバルコニーの中心から側面の方へ。端に近づくにつれ見えてくるのは高さのある下の景色だ。透明なガラス越しに立ち込める煙が塞いでいてその先を目視出来ないけど、おそらく天井が透明に出来ていたプールがここから見下ろせていたのであろうことくらいは予想できた。

 とりあえずここに留まっていようか。あの煙がこれから私をどうするのかわからないけれど。そう思いながら、私は手すりに体重を乗せる。

「っ――――」

 ――別に、自ら命を投げ捨てようとしたわけじゃない。痛いのは嫌だし、なるべく苦しみたくだってない。でも、かといってこのまま絶対に生き続けたいと即答できるかといえば、それはわからなくて。生きていたら無為な日常が戻るだけ。だから、たぶん古くなっていた故私の体重に耐えられず手すりが折れた時、私の生へ執着しようとする反応が遅れた。すぐにまだ折れていない手すりの部分を掴もうとすれば、もしかしたら落下しようとする身体を支えられていたのかもしれない。一瞬の短い間だったけど私は行動を起こそうともせず、目に映る煙に少しずつ近づいていった――。

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