第95話 役割を胸に刻み付けて

「お嬢様っ! お嬢様っ!!」

 ゆずはさん達と一緒に部屋を出てすぐ、おそらくリシアちゃんを避難させに来たであろうセリアさんと出くわした。その時はお互いに言葉を交わさずセリアさんは隣にあるリシアちゃんがいるはずの洋室へと扉越しに呼びかける。

 しかし洋室からの返答はない。もう避難しているのだろうか? 僕がそんなことを考えている間にこの階へと足を運んでいたらしい三人のメイドさん達が近くの廊下を避難しているのが見えた。

「ほらっ、早くはやくっ!」

「避難訓練って、やっぱり役に立つことあるんだね~。何もしてなかったら非常口の場所さえもうろ覚えだったよ~」

「二階にある自分の部屋にいればもっと逃げやすかったのにっ……」

 メイドさん達は廊下のT字路部分、途中のプールが一望出来る屋内バルコニーの注意書き看板を誤って倒しながらも慌ただしめに駆けていく。

「皆さんご無事ですか!?」

「和葉さん……」

「緊急時の鍵を持ってきています。今すぐに開けますので少しお待ちくださいっ」

 合流した和葉さんが今の状況を察して持っていたマスターキーらしきもので洋室の鍵を開けてくれた。セリアさんによって突入するかのように勢い良く開かれた扉の先、部屋の中にはやはり誰もいない。リシアちゃんの荷物の他、ルームキーが棚の上にぽつんと置かれているだけだ。僕達がリシアちゃんの不在を把握している時には既にセリアさんが部屋の隅々を確認し始めている。

「お嬢様……無事に避難出来ていればよろしいのですが……」

「メイド達の避難報告は続々と伝わってきていますけど、リシア様の安否は未だ確認出来ておりませんわ……。本館ほどカメラの数も多くありませんし、それ自体もいつまで役に立つか……」

「ルリトちゃんも、真実もですか……?」

「っ……真実様もなのですね。二階から下は上位メイド達に誘導を任せていますので、孤立してしまうとすればおそらくこの階かと……」

 煙が立ち込める範囲は今も広がっているだろう。三人がこのお屋敷のどこにいるのか、心配はここにいる全員が感じているはず。円香さんがこれからの行動のため僕とセリアさん、和葉さんを見回しながら口を開く。

「とにかく時間が惜しいわ。各自どう動くべきかは理解しているはずだから、あなた達はそれぞれ分かれた方が効率的でしょうね」

「排煙窓の開閉などはお任せください。方法は持ち合わせております」

「皆様、この度はこのようなことになってしまい大変申し訳ございません。正式な謝罪は後日改めてさせて頂きます。今はどうか、至らぬ私にお力をお貸しください」

 和葉さんの言葉に僕とセリアさんは頷き、僕以外の二人はそれぞれ別方向へと向かっていった。僕も早く二人とは別の場所を捜索しなければならない。

「真衛さん……」

 出発しようとした時に呼び止められる。振り向けば不安そうな表情のゆずはさんとこのみちゃん。

「真衛君……私、嫌だよ? 万が一にでも真実が、真衛君がいなくなるなんて……。一度手に入れた幸せ、真衛君と出会ってからどんどん増えてきた幸せを手放したくない。真衛君が言ってくれたことだし、もう無理に遠慮なんてしないから。だから、戻って来るよね……?」

「……精一杯頑張るから。ゆずはさんもこのみちゃんも真実を見かけた時、連絡忘れないでいてくれると嬉しいかな……」

「ほらほら、箕崎君に無責任なこと言わせないの。私達は私達で、さっさと避難しましょ」

 円香さんからも助けてもらい、僕はゆずはさん達に背を向ける。真実が無事でいるように、見つけられていない今は祈るしかないのだろう――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る