第94話 危機が差し迫っていたとしても

 鳴り響くけたたましい音に驚いて飛び起きた僕はすぐにこの特徴的な音の意味を理解して状況を確認するために部屋を見渡す。幸い部屋の中が不気味な光源に照らされていることもなく息を吸い込んだせいで咳き込むこともなかった。

 ここまで変わり映えしない状況だと間違いという可能性が一瞬頭によぎるけれど、とりあえずは振り払い隣で眠っているはずの真実に目を向ける。

「っ……?」

 視線の先に真実の姿は見当たらない。既に避難した? 僕達を起こしもせずに? 真実に限ってそれはほとんど考えられないと思いつつまだ僕よりは状況把握に至っていなさそうなゆずはさんとこのみちゃんに声をかけようとした時、

「箕崎君っ!」

 強めな音と共に扉を開けながら円香さんがリリムを抱えて部屋へと戻ってきた。僕が円香さんに状況を確認しようとする声を遮ってこのお屋敷全体に流れたであろう放送が僕達の耳に届いてくる。

〔館内全域の皆さん、落ち着いて聞いてください。地下一階B-29にて火災発生。訓練で培ったことを生かし、至急避難を開始してください! 繰り返します、地下一階B-29にて火災発生! 至急避難を開始してください!〕

「どうやら、悪戯や間違いって訳じゃないみたいね」

「円香さん、部屋の外の状況はどうですか?」

「今疑ってた通り、変化はまだ目視できないわ。たぶん初期消火には失敗したんでしょう。発見が早かっただけ不幸中の幸いってところかしら」

「あ、あの……早く、逃げた方がいいんじゃないでしょうか……」

「そうだよ、落ち着いて話してないで……」

 館内放送によってようやく現状を共有できたゆずはさんとこのみちゃんには少なからず恐怖の様子を表情に浮かべているようで、もちろんその意見自体には僕も円香さんも賛同の意思を示し顔を見合わせて頷き合った。

「真実ちゃんが見当たらないけど、心当たりはある?」

「えっ、あ、あれ? 真実……?」

「真実さん……?」

 円香さんが問いかけている間に僕は素早く携帯を操作するけれど、着信メロディがむなしく室内に響く結果に終わってしまう。円香さんは部屋に置いてある持参したものも含めたタオルを僕達へと配ってくれ自分の分も確保した。

「今は何も起きていないように見えるけど、おそらく最上階であるここにもすぐに煙が到達する可能性が高いわ。息を切らさないスピードで速やかに避難しましょう」

「で、ですけど、真実さんが……」

「私達じゃ探せないよ姉さん、無事に避難しててくれることを願うしか……」

 悲痛の声を漏らすこのみちゃんを視界に入れず、ただ携帯を見つめながら口を開く僕。

「……このみちゃん、このみちゃん達が避難し終えて、もしそこに真実も避難していたら、連絡貰えないかな?」

「っ……真衛君?」

「真衛さん……」

「箕崎君、あなた……」

 ゆずはさん達が僕の意図を察してくれた前提で僕は話を進めていく。

「お風呂前にゆずはさんと館内を巡った時の記憶がまだ新しいんです。ゆずはさんは何気なく歩いていただけかもしれませんけど、意識して覚えていたのが正解でした。階層によって変化がある複雑な構造でもありませんでしたし」

「――煙の怖ろしさ、理解してるわね? 探すのはこの階だけにしておいた方が無難よ、下はどの道避難しようとするメイドさん達でひしめき合ってるから無理だろうし。まあそこにいたら孤立せずに避難出来てるだろうって意味でもあるんだけど。言い争ってる時間も惜しいから妥協案。真実ちゃんが口に当てる用のタオル、忘れないでね」

「はい。きっとルリトちゃんは和葉さんが、リシアちゃんはセリアさんが出来る限り避難させようとしているはずです。僕達の中で誰一人、少しも真実を探さずに避難出来ません。円香さんはゆずはさんとこのみちゃんについていてあげてください。避難中恐怖に飲み込まれてしまうかもしれないので」

 その言葉を会話の締めとした後手に取ったもう一つのタオルには、少し強めな力がこもっていたのかもしれなかった。

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