第93話 育つ脅威は赤い色

 私、優愛の目の前にはタオルを取ってくる前に無かった光景、揺らめく小さめな炎が映っていました。

「ど、どうしてですか……?」

 タオルを滑り落としてから呆然と立ち尽くしていた私はハッと我に返ると拾い上げたタオルを手でまとめ残っていた水を含ませます。今にも引火しそうなスプレー缶を払って遠ざけた後タオルを火に押し当て鎮火させようとしますけど、火の勢いはこういった経験がない私の予想を簡単に上回ってきました。

「つっ……」

 消しきれない炎の熱さに耐えきれずタオルを手放した私は焦りながらもすぐ次の手段に切り替えようとします。

「しょ、消火器……」

 部屋から飛び出し一階への階段を駆け上る私。エレベーターなんて待っていられません。普段あまり意識していない故に場所の把握も曖昧ですけど、それでも一番はっきりと記憶に残っている消火器の設置場所までひた走ります。そしてたとえ、その場所に消火器が無くても――。

「和葉さんっ、和葉さんっ!」

 きっとまだ近くにいるはずの和葉さんを呼びながら足を動かしていると、私の声に気付いたらしい和葉さんが視界に映ってくれました。出来事を確認した私と違ってしがみつかれた和葉さんの表情にはまだ余裕が残っています。

「どうしました優愛? 雰囲気からある程度急を要するお話なのでしょうけ――」「ひ、ひが、ひが……!」

「ひが……?」

「わ、私が使ってた地下室が燃えてるんですっ! それで、消火器を取りに……っ!」

「っっ……! 冗談ではありませんね?」

 表情を張り詰めさせた和葉さんがそう私に確認を取ると近場の消火器を携え地下室へと向かっていきます。私もすぐに後を追いかけましたが重いものを持っているはずの和葉さんに追いつけず、ほんの少し遅れてたどり着くことになりました。

「げほっ、はあっ、和葉さっ、っっ……!??」

 さっきの表情を崩さない和葉さんの視線を追うと、炎は既に部屋へ入ることが躊躇われる程にまで広がっています。その大きさと広がるスピードに、私は再び言葉を失いました。和葉さんは手際良く消火器を扱い使用しますけど、全体から見れば焼け石に水程度の効果しかありません。

「っ、やはりこんなものですか。せめてもう少し弱まってほしかったのですけれど……」

「こ、これだけですか? 消火器ってもっと――」

 噴射される時間もすごく短いです。その間にも炎は勢いを増し、天井まで達しようとしていました。期待していた効果との落差を感じている私に和葉さんが空になった消火器を投げ捨て煙が漏れ出す部屋の扉を勢いよく閉めながら問いかけます。その問いかけは尋ねるというよりも、予想した考えを基にして確認を取ったといったような様子です。

「原因に心当たりはありますか優愛? わからなくても良いのでなるべく落ち着いて答えを下さい」

「えっ、ええっと、わっ、わかりませんっ! 部屋に戻ったら炎があって、私が見た発火場所から考えられるとしたら、コードを使用している間に出来たちょっとの断線に気付かなかったとか、ぜ、全部貰ったものですのでっ。で、でも、もっと違う原因かもですしっ!」

「……わかりました。あなたもいるので消火栓の使用も考えましたけど、火災の規模や原因、あなたの状態から考えて避けた方が無難ですね」

「あ、あのっ、私っ、私のせいでっ……!」

 涙を浮かべつつ震わせる私の両肩にかかった少しの重み。和葉さんは私と同じ目線で優しく手を置いてくれていました。

「大丈夫です、このお屋敷の防火設備を侮らないでください。炎はそう簡単に燃え広がったりしませんわ。パニックになるのが一番危ないのです。あなたが今考えることはこのお屋敷から避難して脱出すること。それだけですよ」

「っ……は、はいっ!」

「とりあえず私達も早くここから離れましょう」

 和葉さんの落ち着き払った態度が私の焦りをも抑えていてくれています。メイド長の名前はやっぱり伊達じゃありません。

「メイド達起きていますかっ! ――聞こえていますねっ! エマージェンシーF・ND! エリアB-29! 早急に対応をお願いします! カメラを切り替えて使用可能な限り情報をこちらに渡して下さいっ!」

 地下室から少し離れた廊下で小型マイクに叫びながら、和葉さんは火災報知器のボタンを強く押しこみました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る