第90話 私とわたしの気持ちは沈み込む

 ゆずは達に言葉を浴びせ遠ざけた私は箕崎真衛の荷物が無くなった部屋、箕崎真衛が使っていなかったであろうもう一つの整ったベッドの上で横になりながら無意の時を過ごしていた。とりあえずこれで、ゆずは達は無理をしなくても済む。言い出すのにだいぶ時間がかかってしまったけれど、それだけ私は本当ならあの時間を手放したくなかった。彼らがかけてくれた言葉を一言ひとこと思い出す。

「……楽しかったなぁ……」

 ルリトと過ごした時間も頭の中で回想しながら余韻に浸る。いくらでもあの時間を堪能したいという気持ちを、もう十分、もう過去となってしまったんだと抑え込んだ。元々ゆずは達に恐怖を植え付けた自分のせいなのだ。それを自分は受け入れなければならない。

「この部屋も、いつまで使えるかしらね……」

 ちょうどそんなことを呟いた時、部屋の扉がノックされた。今考えていたことに結び付け、私はこの部屋を出ていく覚悟を決めながらノックした人物の言葉を聞くために扉を開ける。

「っ……」

 開いた扉の先に立っている女の子は私の予想と少し違っていた。てっきりゆずは達のだれか、または三人が用件を伝えに訪ねてきたのだと考えていたから。他に訪ねる理由を持つのはセリアくらいではないだろうか。

「リシアちゃん……」

「ルリト……」

 私が目線を下側に向ける女の子、ルリトは俯きがちな表情のまま私の前に立っている。

「……おやすみを言いに来てくれただけじゃないなら、どうぞ?」

 ルリトを部屋に招き入れるとルリトは静かに中へ入ってきた。ベッドに腰を下ろし、隣に座るようルリトを促す。

「それで……どうして訪ねてきたのかしら……?」

「リシアちゃん、その――」

「てっきり、ゆずは達が来るのかと思ってたわ」

「えっ……?」

 ルリトが話し出した言葉を遮る私。

「聞いたんでしょ私のこと。そりゃあルリトだって私にいてほしくないって思うわよね。大丈夫、覚悟はしていたから――」

「ま、待ってくださいっ。何のことですか? わたし真衛さん達からは何も聞いてませんっ」

「っ……?」

「……そのお話を耳に入れるなら、気持ちを吐き出したリシアちゃんの方からだと思っていました。前にリシアちゃん、真衛さん達に迷惑をかけてしまったことがあるって言ってましたよね? 今までの状況を考えたわたしの想像が当たっているなら、今回の件はその出来事に関係しているんじゃないんですか? 良かったら、もう少し詳しく教えて下さい。きっかけとなったお話を聞いてしまった以上、わたしだけいつまでも蚊帳の外ではいたくないんですっ」

 語尾を少し強めたルリトに少し驚く。悪い予想は外れたけれど、ルリトの頼みに対して私の答えは明白だった。

「……いやよ」

「っ……」

「確かに今更首を突っ込まないで何て言わないわ、ルリトはずっと私に付き添ってくれてたんだから。むしろここまで心配してくれて嬉しくもある。でも、私からは言えない。それを聞いたら、今までのルリトでいてくれる気がしないものっ。覚悟してたつもりだったけど、やっぱり出来てなかった。せめて箕崎真衛達から事情を聞いて、私に関わらず距離を置いてほしい……」

「……」

「いっそのこと、態度を真逆に翻してくれた方がまだ清々しいわっ。失うダメージも小さくて済む。でもきっと、心配してくれるルリトは優しいままだと思うから。態度が腫れ物に触るようになった時、私はどうやって受け止めればいいの? そんな優しい人を失ったんだなって私に……私に突きつけないでよ、ルリト……」

「リシアちゃん……」

「用事がそれだけなら、もう出て行ってくれないかしら……」

「で、でも、その――」

「苦しいのっ! これ以上、私を苦しませないで……お願い、ルリト……」

 私の叫びにも近くなってしまった言葉を受けたルリトはしばらく下を見たまま動かなかったけれど、やがてそれ以上何も言わずに部屋を出ていった。私はルリトの来る前にしていた体勢で再びベッドに横になる。今度は布団を上からかぶらずにはいられない――。

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