第88話 真夜中の会話と触れ合い
真実の頭の重みが僕の太ももに伝わってくる。僕はそっと真実の頭に手を添え、仰向けの真実と目線を合わせる形。下ろしたつややかな髪とリシアちゃん関連の出来事から今の真実はいつもの活発な印象が消えていた。
「……綺麗だね、星」
「……うん」
しばらく流れる無言の時間。本当ならばこの星空をここまで長い時間見ることは無かったかもしれない。仮に真実と見るとしたら話題も星関連のことになっていたのではないだろうか。それこそ他愛もない、流れ星が見られたらと言ったような。でも真実も僕も話したいことは決まっていて、だからこそ僕は真実の言葉に頷きしか返さなかった。もっと膨らませられそうな星関連の話題はこの淡白な二言で幕を閉じる。
「……いつものぼくなら、もっと普通に接することが出来てたのかな」
「真実……」
「いつものぼくなら、きっと自然に触れ合えて、スキンシップ出来たりして……」
「……ごめんね、真実」
「っ……どうしてお兄ちゃんが謝るの?」
「僕、ずっと真実達の気持ちに気付いてあげられてなかった。もっと言えばリシアちゃんの気持ちも。自分が、自分だけが覚悟の意思を持てていたからって、真実達も同じとは限らないのに。勝手に決めつけて、気持ちを押し付けていたのかも……」
真実達の考えだって、いやむしろ真実達の考えの方がすんなり納得できるものだろう。リシアちゃんに植え付けられた恐怖はたとえ彼女がそのことを悔いていても全て消し去ることは難しくて、真実達の心の奥に潜み続けている。僕も決して可能性を考えなかったわけではないのだから。
「……抱え込みすぎだよ、お兄ちゃん」
そんな気持ちを吐露しても視線の先にある真実の瞳は時折瞬きを織り交ぜながらもそらされることなく僕を見つめ続けていた。
「それはさ、確かにお兄ちゃんみたいな覚悟をもってリシアちゃんと接してたわけじゃないよ? でもこれは、ちゃんとぼくが選んできた選択だから。嫌々付き合ってたわけじゃないし、お兄ちゃんに言われたわけでもない。少なくてもリシアちゃんと接しようとする気持ち自体はお兄ちゃんと同じだと思う。それはきっと、お姉ちゃんやゆずはお姉ちゃんも。お兄ちゃんがそこまで背負い込まなくてもぼくは自分で選んだ選択の結果をお兄ちゃんのせいになんてしたくないもん。リシアちゃんと仲良くなれるのはまだ先のことかもしれないし、勇気を出すのにちょっぴり時間がかかるかもしれないけれど、リシアちゃんが訴えてくれた返答として、ちゃんと自分の気持ちをリシアちゃんに伝えようと思ってるんだ」
「……」
真実も真実でしっかり自分の考えを持っている。この意思があれば真実達とリシアちゃんの問題に関して厳密に言うと部外者な僕の介入なんて今のところは不必要なのかもしれない。
「余計なおせっかいだったのかな……」
「ううん、気にかけてくれて、心配してくれてとっても嬉しいよ。もっとこうしててもいいけど、眠らないと明日に響いちゃうかも……。お兄ちゃんもそろそろ部屋に戻らない?」
僕の頷きを合図に真実は身体を起こし、部屋の方へと歩いていく。眠る提案をしたのは真実の方だけれど、たぶん一番ぐっすり眠れないのも真実のはず。気遣ってくれたのだろうかそんなちょっぴり複雑な真実の気持ちに察しをつけながらも、僕はその後をついていった。
〇 〇 〇
「えっと……」
部屋に戻ったのはいいのだけど、すぐに自分の布団の中に入ることは出来なくて。何故ならさっきまで一緒にいた真実が自分の布団には戻らず僕の布団の上で女の子座りをしていたから。
「えへへっ、せっかくだから一緒に眠ろっ、お兄ちゃん」
「っ、で、でも……」
「お兄ちゃんいつも円香さんとおんなじベッドで過ごしてるのに、ぼくはだめ……?」
「い、いや、そういうわけじゃ、ないけれど、その……」
正確には円香さんの前で自分から意識を途切れさせたことは今まで存在しない。起きたら目の前にいたということは何度もあったけど。真実に円香さんのような危機感はもちろん感じないし、安心して眠れるという点においては何も問題が無かった。でもやっぱり初めての女の子と同じ寝具の中にというのはどうしても抵抗感を感じてしまう。
「…………」
だけど返答を長引かせるにつれどんどん不安そうな表情になる真実にこれ以上耐えきれそうもない。僕が構わないという意思を示すと真実の表情にもさっき以上の明るさが表れ、僕と真実の距離は一つの布団の中でほとんど無くなった。
「ありがとお兄ちゃんっ、一人で入ってるいつも以上にあったかいよ?」
この密着度に加え今の真実は髪を下ろしはだけ気味の浴衣姿。さっき星を見ていた時もくっついていたかもしれないけれど、それとは明らかに違う真実の女の子らしさをどうしても意識してしまって――。
「正直……ね、ちょっぴり不安なんだ」
「っ……」
「さっきあんなこと言ったけど、ちゃんと上手くリシアちゃんに伝えられるのかって……。お兄ちゃんのおかげで、安心できたかも……」
この真実の言葉で、意識していた女の子らしさがすっと和らいだような気がする。
「……おやすみ、真実」
だから僕も、真実が自然と頷ける言葉を返すことが出来た。真実が目を閉じる姿を少しの間見届け、僕自身も眠ることにしよう。
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