第87話 一つの部屋で過ごすことになった夜

「確かにリシアちゃんへの恐怖が全部無くなっていたって言えば嘘になるし、心の奥では警戒していたのかもしれない。同じ部屋で眠ることになればきっと今よりも緊張していたはずだよ? でも――」

 僕が眠るはずだった洋室から荷物を移動してくる間この部屋で眠るメンバー全員が誰も口を開かない中、このみちゃんの呟きが僕達の耳へと届く。

「でも……この状況だって別の意味で気兼ねせずにって訳にはいかないんですけど!」

 響き渡る雰囲気の違った声に苦笑いを浮かべつつ納得するしかない。水島家に住んでしばらく経ち一つ屋根の下で眠ることはもう当たり前になってしまったけれど、流石に同じ部屋で眠ったことは無いからこのみちゃんの叫びは至極もっともだった。

「仕方ないでしょ~箕崎君の部屋はリシアちゃんにとられちゃったんだから」

「えっと……僕はロビーや個室以外のソファとかでも大丈夫かな……。さすがルリトちゃんの家っていうか、ソファもふかふかでやわらかそうだったし、ルリトちゃんに事情を話してみれば……」

「や~ね~このみちゃんたら箕崎君は何の仕切りもないソファに追い出して自分はのうのうと個室の布団の中で眠るなんて。男の子は待遇悪くても我慢するべきっていう女の子の特権みたいなもの振りかざすつもり? 温泉にだって入ったんだから今更って感じもするんだけど」

「温泉の時とは違って眠ったら無意識になりますし、寝顔とかその他色々事情があるんです! 円香さんっていっつも真衛君の味方ですよねっ」

「私だって本気で嫌悪すること無理に勧めたりしてないつもりだけど?。このみちゃんがいつ~まで経っても素直にならないからわざわざ免罪符作ってあげてるに等しいし、どちらかといえばこのみちゃんの味方じゃないかしら」

「なっ、私はただっ――はあ……今回はもういいです。あんまり長く言い争う気分じゃありませんし……」

 言いかけた言葉を最後まで口にせずため息をつきながら矛を収めたこのみちゃん。リシアちゃんの言葉が、少し前の出来事がこのみちゃんの中でも確かに響いている。

「――リシアちゃんはあなた達に下を向き続けて思いつめろって言ったんじゃないわ。私達は私達の夜を過ごしましょ」

 円香さんもまとめるように言動を変化させてくれたので僕もゆずはさんや真実と顔を見合わせて軽く頷いた。買ってきたお菓子や飲み物は、もしかしたらあまり開封されないのかもしれない。


            〇 〇 〇


 この部屋にも今はリシアちゃんが過ごしている僕が前にいた部屋と同じ簡易的なバルコニーが備え付けられている。既に部屋の電気は消されて僕と部屋の外に出ていった円香さん以外は布団の中という状態。そう言う僕も布団の中から起き上がり、星の光を受けながらの考え事。暗い部屋の中布団にこもりながらでは考え事の内容もあって気分が落ち込むばかりと思い、こうして開放的な場所を選んでいた。

「お兄ちゃん……?」

 振り向くと開いた窓に片手を添えた真実が月明かりに照らされている。状況と少し前に起こった印象的な出来事から考えていることが同じだと見当をつけて、僕は真実に第一声を放った。

「眠れないの? 真実……」

「うん……たぶん、お兄ちゃんとおんなじ理由……」

 隣に腰を下ろす真実も僕の考え事に思い当たる部分があるようで、同時に当然だとも感じる僕。今僕達が一番思い悩む事柄は一つしかない。何より真実は心の内側を自分で証明してしまった一番の当事者なのだから。

「えっと、お兄ちゃんの膝……頭を乗せるために使っても良い……?」

 真実の言葉に僕は頷き足をそろえてまっすぐに伸ばすと、真実は僕の太もも部分に仰向けの体勢でゆっくり頭を置いてきたのだった。

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