第86話 奥底で震えている心
今この場にいるリシアちゃん以外の皆は果たしてリシアちゃんの行動の意味を理解しているのか、していないのか。誰一人動かないままの中でリシアちゃんは僕達と認識をすり合わせるための言葉を紡いでいく。
「そうよね、こんな可能性だってあるんだもの。あなた達、本当はまだ怖いんでしょ? 私のこと――」
「っ!」
「っ……」
「……」
向けられた視線と言葉で動揺を示したのはゆずはさん達。張り詰められた緊張感がこの場を支配し続け、リシアちゃんの話も続いていく。
「ゆずは、このみ、真実。あなた達が私を何とか受け入れようとしてくれてるのはわかるわ。迎え入れようとしてくれて、優しい言葉もかけてもらった。まるで私の起こした行動なんて、最初から無かったかのようにね。だけど表面上はそう見えても、私の罪はあなた達の心の中に深く刻み込まれてる。ずっと考えてたわ、あなた達が私にどういう心境で接しているか。それでも私を受け入れようとしてくれるのが嬉しくて、私の中に燻る罪悪感を少しの間忘れさせてくれることもあった。でもあなた達と過ごす時間が長くなる度に感じるの。ゆずは達にとってやっぱり私は箕崎真衛やルリト、他のみんなとは明確に違うんだって。私が行ったことの記憶が、恐怖がまだ残ってて拭い去れてないんじゃない? だから箕崎真衛と違って、何も知らないルリトと違ってどこか余所余所しいんでしょ? 夕食前私が急に近づいた時だって、今この時だって、心の中では警戒してる……」
「リシアちゃん、それを確かめるために……」
「真実の反応で、より確証を得たかったってこと……?」
「リシアさん……」
「おそらく箕崎真衛は私の頭に手を乗せてくれた時にはもう私を受け止める覚悟をしっかり持っていたから今までも自然体で私に話しかけてくれるんだと思うわ。でも、あなた達は違うわよね。私の目的に無理やり巻き込まれただけなんだもの。私と仲良くしてくれようとする意思は本物だって信じたいけど、それはきっと、箕崎真衛のような覚悟に裏打ちされたものじゃない」
ゆずはさん達三人の揺れる瞳が、言い返さない無言の時間がリシアちゃんの言葉を事実であると証明しているように見えた。今の状況もそれに真実味を増している。何も持っていない両手をまるでナイフを持っているかのように真実の前へと突き出し、反応を試したのだから。
「私が弱いばっかりに、我儘なばっかりに今まで言い出せなくてごめんなさい。あなた達と触れ合えて余裕が持てたからって部分もあるわ。でも、もう十分。あなた達が心の奥底で恐怖を感じているのなら、震えているのなら無理なんてしてほしくない。本当はこんな私と同じ部屋で眠りたくだってないでしょ? あの時の記憶がよぎって、もしかしたらって気持ちが湧いてきて、ぐっすりなんて眠れないものね。私は箕崎真衛のいた部屋を一人で使うから、あなた達はこんな私よりは安心できそうな箕崎真衛と過ごせばいいじゃない。もちろんあなた達が望むなら、せっかく招待してもらったけれど私はこのお屋敷だって出ていくわ。だから……安心して?」
言葉の最後にリシアちゃんはにっこりと微笑む。だけどリシアちゃんと同じ表情を返す人はいない。リシアちゃんの笑顔が無理やり張り付けられたものだと全員が察していた。
「リシアちゃん……」
ルリトちゃんはきっと状況を把握できないまでも心情に共感して悲しげな視線をリシアちゃんに向けていて、円香さんも言葉を発さず行く末を見守っている。
「箕崎真衛。申し訳ないけれど、荷物移動してくれるかしら……。それまで私は少し時間を潰してくるわ……」
リシアちゃんは最後にそれだけ伝えてこの場を立ち去っていく。ここにいる誰もリシアちゃんを止めないまま、声をかけることが出来ないまましばらくリシアちゃんの後ろ姿を見送っていた――。
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