思いやりの中に潜んでいたもの

第85話 先延ばしにしていた思いを解き放つとき

 ゆずはさん達の後に身体を洗ったりしたので温泉から出るのが一番最後になってしまった僕。洗う時間の違いなどから円香さん以外にもゆずはさん達と時々入れ替わりが挟まりつつ過ごしたわけだけれど、なるべく真面目な話をしたりしながら平常心を保った。お風呂事情を何とか切り抜けた僕は眠るまでの間もゆずはさん達の部屋で過ごそうと誘いを受け向かっているところ。

「っ、お兄ちゃん温泉入り終わったんだ」

 ちょうど部屋の前で扉を開けきょろきょろと辺りを見回す真実と目が合った。僕に気付いて軽く抱きついてくる真実は夏祭りの時とは違った寝具用の浴衣姿で、積極的に動くからか少しはだけ気味なのが気になるけれど、温泉の時とは違い純粋な可愛らしさとして認識できることに安心感を覚える。

「ごめんね長湯させちゃって。のぼせたりしなかった?」

 お風呂上り故に髪を下ろした真実を見たことが無い訳じゃない。しかし見上げてくる少し大人っぽい見た目な真実がやっぱり新鮮に映っていた。

「ううん、お湯の中からあがって休んだりもしたから大丈夫。ゆずはさん達は部屋にいるの?」

「お菓子や飲み物を買いに行ったからお兄ちゃんが来た時のためにぼくだけお留守番してたんだ。お兄ちゃんも含めてそろそろ帰ってくる頃かなって」

 辺りを見回していた理由を理解しながら僕も下げていた目線を戻してみると、真実の背中側、僕の正面にリリムも抱えたゆずはさん達がこちら側に歩いてくるのが目に入る。楽しく会話しながらといえば聞こえが良いけれど、ほとんど円香さんがちょっかいを出しているようにも見えた。

 ゆずはさん達も僕達に気付いたようで目線を合わせながら近づいてくる。その途中ふと合っていた目線がずらされ僕の後ろに向けられたような気がして振り向くと、そこにはルリトちゃんとリシアちゃんの姿。ルリトちゃん達もここへと戻ってきたようだ。

「皆さん今日はお疲れさまでした。お布団も敷かせてもらいましたので、どうぞごゆっくりお休みください」

 合流した僕達にルリトちゃんがおそらく今日最後になるであろう説明を話す。平和に休めると思っている僕達がルリトちゃんと微笑み合う中、斜め奥にいるリシアちゃんはうつむきがちだ。腹痛が再発してしまったのだろうか、うつむきがちというよりは目を伏せている状態で、前髪もありその瞳は僕の視界に入らない。

「リシアちゃん……?」

 右手も後ろに回していて、温泉に入る前に出会った時は抱かなかったその不自然さに思わず声をかけてしまった。僕の言葉でみんなもリシアちゃんへと注目する。

「リシアちゃんどうしたの? またお腹痛くなっちゃったとか……? ほ、ほら、あとはもう眠るだけみたいだし、横になってれば治まってきたりするんじゃないかな。我慢できないなら――」

 僕と同じような予想を立てたらしい真実が心配する言葉を投げかけている間に、リシアちゃんは行動を起こした。突然隠していた右手を左手と合わせ、猛然と突進してきたのだ。標的は今話していたリシアちゃんの正面にいる真実。

「っっ……!!」

 僕達が驚いている最中さなか真実は即座に後ろへと飛びのき距離を開けて状況を把握する時間を稼ごうとしたらしい。一瞬で戦慄と緊張がこの場を支配する。突進をやめたリシアちゃんが両手を伸ばした先、握られていた両手の中には――――

「えっ……?」

 おそらく行動しなければならなかった真実が一番状況の把握に手間取っただろう。予想外の事実だったのか疑問符が浮かんでいるようだ。

「リシア……ちゃん?」

 一番この行動に納得のいく理由が見つけられないであろうルリトちゃんも声を漏らす。視線の中心にいたリシアちゃんは顔を上げないまま。

「ふふっ……やっぱりね」

 その後に訪れた静寂のせいなのか放たれたリシアちゃんの呟きだけが、僕の耳により印象的な響きを残していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る