第84話 心は雰囲気と共に落ち着いていく
「はぁ……」
まだ顔の火照りが収まらない。通路を通りたどり着いたこの温泉に入って僕は心を落ち着かせようとしている。周りに見える景色もそれを後押ししてくれているようで、岩風呂の良さとは違った優しい木の木目と温もり。やっぱり良質な木を使っているのか薄い色の板を滑らかに溢れたお湯が流れていた。岩風呂よりも小さめな正方形に近い木製の露天風呂で、僕は身体をたっぷりと湯船に沈めているのだ。
「箕崎君落ち着いた?」
原因を作った本人が僕の通ってきた通路からひょっこり顔を出す。僕の目線は木の板で作られた床に近いので円香さんの全身を見上げる形。
「追いかけてきたんですね、円香さん……」
「ゆずはちゃん達はついてきてないわ。今のうちに身体洗っておくって。いつでも見に来て大丈夫って言っておいたから何とか二人っきりにしてもらえたし、箕崎君が覗きにいかないかのお目付け役も兼ねてるかな。これでもう逃げる場所は無いよ箕崎君っ」
確かに通路はここのお風呂部分で行き止まり。戻れば身体を洗っているゆずはさん達に遭遇してしまうから一人になれる場所は存在しない。幸いというかあれほど囲まれたりしなければ恥ずかしくても何とかとどまれていそうなので、僕は近くに座ってお風呂に脚を入れる円香さんから距離をとったりはしなかった。相変わらずバスタオル姿の円香さんは見続けられないけれど。
「こっち側は木で出来たお風呂なのね~。さすが、このお屋敷に恥じない立派さだわ」
「それには同意します。ルリトちゃん達には本当に感謝していて……」
「そうね、ここで箕崎君と過ごせる私もすっごい幸せっ」
「あ、あんまりいつものような触れ合い方は控えてくださいね。恰好がその、格好なんですから……」
「もう箕崎君たら遠慮しちゃって。期待してくれないの? 私のスキンシップやそれに伴ってバスタオルが乱れたりはだけちゃうことっ」
「なっ、何言ってるんですか円香さんっ」
僕は染まった頬を隠すかのように円香さんを自分の視界から大きく外す。
ちょっとの間そうしていた僕の頭に、そっと、手が乗せられた。
「っ……」
「それじゃあ、これなら良いかな……?」
「まどか……さん?」
「本当に、幸せなんだよ? 二人っきりになりたかったのは、こういう時間を過ごしたいってのもあったから」
「…………」
撫でられながら円香さんに向き直る。僕の頭から手が離れたと同時に再び映った円さんの表情は、さっきとは違うもの。
「改めて、大きくなったなあって確かめちゃった。初めて出会ったときはランドセル背負ってた年に近かったんだもん。今よりずっと可愛げがあったのに」
「円香さんも、最初の頃はもっと真面目で丸かったと思います」
「お互いに気兼ねしなくなったってことかしら。箕崎君が育っちゃって、より自分をもってきたってのもあるかもねっ」
円香さんが普段はあまり出さない素直な表情のまま斜め上の空を見上げる。円香さんが確かめてくれたように、僕もそんな円香さんを視界の中心に入れていた。整った顔立ちが夜空の下にある木製のお風呂によく映えていて、無言の円香さんはそのスタイルも合わさりとても綺麗だと思う。
「ようやくちゃんと見てくれたんだ」
「えっ……?」
「今の箕崎君、恥じらいなく私のこと見てるでしょ? きっと今はヨコシマな気持ちを持たないで私を見続けてるなあ~って。そのくらいは読み取れてるつもりだよ? もっとも箕崎君が三年間ずっと私を欺いてたっていうなら、箕崎君には思う存分私のバスタオル姿を堪能されちゃうけどっ」
「円香さん……」
その冗談で僕は完全に落ち着くことが出来た気がした。落ち着かなくなった原因も円香さんなのだけど、それでも僕はこの関係が悪いものとは思えない。
「も少しここのお風呂、楽しんでいきましょっ」
僕は円香さんの意見に賛成して、同じ景色を見ることにする。さっきまでは堪能できなかった温泉の温かみを、ようやくゆったりと感じることが出来るようになった気がした。
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