第83話 刺激ある場所には居続けられない

 準備を終えてお風呂場前まで戻ってきた時にはやはりというか、このみちゃん達の姿がそこには無かった。すでに脱衣所へ入っているか温泉を楽しんでいるという見方が正しいと思う。ゆずはさんより前にたどり着いていた僕だけど、当然最後に入ったほうが無難なので後から来たゆずはさんを優先させる。さすがにお屋敷巡りの時のように二人並んで歩いてくる気にはなれない。それはゆずはさんも同じのようで、現に今あまり目を合わせずそそくさと脱衣所へ消えていったのだから。

 それからしばらくして響く声。

「箕崎く~ん、ゆずはちゃんも温泉に来たから入ってどうぞ~」

 伝えてくれた円香さんの声に従って足を踏み入れると、広めの空間にプールの時とは違いたくさんのかごが並べられていた。入っているのが僕達だけなのでほとんどが空の中使用中のかごが四つ。あんまり視界に入れすぎないように気を付けているけれど、ゆずはさん達は上着などを上に乗せ配慮してくれているみたいだ。円香さんの方は期待出来ず案の定予想通りだったので僕は慌てて目をそらす。

 なるべくゆずはさん達の使用している場所が見えない位置のかごを使って入浴準備。タオルがしっかり巻けているか何度も確認しつつ、僕はおそるおそる温泉への扉を開けた。


            〇 〇 〇


「わぁ……」

 さっきより開けた場所である温泉の床が僕の足にひんやりとした感覚を伝えてくる。この温泉は敷地内にある林の近くに作られているようで、手入れされた木々や岩、簡易的な木製の屋根が風流な雰囲気を高めてくれていた。温泉の大部分を囲む木の板で作られたいくつかの通路もあり、きっとその先には正面にある岩風呂の他に別の温泉が設置されているのだろう。上を見上げれば夜空の星が僕達を見下ろしていて、温泉の環境としては申し分ない。

「っ、お兄ちゃんはやくはやくっ」

 扉を開けるときに音がしたのでゆずはさん達も僕が入ってきたことに気付いたみたいだ。岩風呂の周りに置かれている岩の一つに座っていた真実がこちらに歩いてきて僕の手を引いていく。ゆずはさん、このみちゃん、円香さんに近づいてくたび僕の緊張も張り詰めていった。

「ほらほら、とりあえず温泉入って入って?」

 ゆずはさん達はすでにある程度浸かった後なのか脚だけを湯船に入れた状態。円香さんに身体半分を沈められ耳元で音量大きめに囁かれる。

「ようこそ箕崎君、風情のある天国へっ」

「っっっ……!!」

「変な言い回ししないで下さい。円香さんの言う風情ある雰囲気が台無しですっ」

「私は風情を楽しむのもいいけどどちらかといえば箕崎君とのいちゃいちゃを重視したいのっ」

 いつものこのみちゃん、円香さんの言い合いも今回ばかりは勝手が違う。二人ともバスタオル姿なのだから。

「ふふっ、箕崎君感想もなし? 物足りないなら私とゆずはちゃんでちょっぴりサービスしてあげよっか?」

 そう言いながら円香さんは自分とゆずはさんの胸元部分、バスタオルに指をかけずらそうとする。

「きゃっ、や、やめてください円香さん……っ」

 当然ゆずはさんに拒否され引き下がった。簡単に諦めたところを見るとどうやら僕をからかうためで本気ではなかったらしい。慌ててゆずはさんや円香さんから視線を移動させればこのみちゃんが目に入り、

「っっ、真衛君あんまり視線向けないでねっ」

 このみちゃんはバスタオルをさらに両手で押さえる。というわけでこのみちゃんから視線を外しても――

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 普段は可愛らしい雰囲気の真実もバスタオル一枚となればやはり見続けてはいられなくて。湯船に直接入ってみて予想以上に実感してしまった。とてもじゃないけど景色や風景を見ている余裕なんてない。この場所は僕にとって刺激が強すぎる。

「ぼっ僕、別の温泉に入ってますからっ!」

 放った声と共に湯船から勢いよく上がり、僕は違う種類の温泉に行くための通路へと向かい出した。

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