第81話 地下の部屋をたずねてみたら

 夏祭りから帰ってきて普段着へと着替え直した僕とゆずはさんは、このお屋敷内を見て回ることにした。このみちゃんはあまり興味が無いようで、真実の方は興味があるけどイベント続きではしゃぎすぎたため疲れたらしい。故に二人共今は部屋に残っている。リシアちゃんはルリトちゃんと、円香さんは一人で今行動しているため目的を特に訪ねてはいない。

「結構歩きましたけど、疲れていませんか? ゆずはさん」

「はい、真衛さんに合わせていただいてますので。一通り回り終わったみたいですし、そろそろ戻りましょうか」

 長めの夜の時間、暇つぶしといえば暇つぶし。円香さんにも宿泊場所での暇つぶし手段として前々から教えてもらっていたことだった。構造を把握してみるのも面白いし、損はないと。僕達は部屋の方向に足を向けて歩き出す。

「っ、箕崎さんっ! やっと見つけましたっ」

「優愛ちゃん?」

 揺れるメイド服と快活な声。階段付近でこの階層へと上ってきた優愛ちゃんに出くわした。発した言葉から僕を探していたように思えたけれど……。

「ようやく時間がとれたので箕崎さんを呼びに行ったら部屋にいないんですもん、探しましたっ。私、優愛との約束覚えてますよね?」

 少し思考してたどり着く。たぶん初めてここに来た時に話していた秘密部屋のことだろう。優愛ちゃんが誘ってくれていたはずだ。

「う、うん。たしか秘密部屋に案内してくれるってことだったかな……」

「あっ、その反応は今思い出したって感じですね、ひどいですっ。夏祭りが終わって箕崎さん達の方も時間が空いてるかなと思いましたから、こうしてお誘いに来ましたっ」

「あはは……ごめんね? 僕達も今は時間つぶしで歩き回っていて、ちょうど戻るところだったんだけど……」

「あ~そうなんですか……。えっと、その……」

 言いよどむ優愛ちゃん。たぶん部屋に戻るつもりだった僕達を引き留める形になったため誘い辛くなってしまったのだと思う。

「もちろんここまで誘いにも来てくれたんだし、僕はついていきたいな。ゆずはさんはどうしますか?」

「はい、よろしければ、お付き合いさせてください」

 快く了承するゆずはさんの言葉を聞いた優愛ちゃんは胸のつかえがとれたように、表情が安堵の方向へと変わっていった。

「はいっ。それじゃあついてきてください、こちらですっ」


            〇 〇 〇


 エレベーターで下っていき優愛ちゃんに招かれたそこは地下にふさわしい無機質な一室。

「ちょっとほこりっぽいですけど、結構快適なんですよ。エアコンもありますし」

 備え付けられたエアコンの他にもベッドや机、その上にPCなど部屋にありそうな最低限の物は一通りそろっている。

「優愛ちゃんは普段ここで過ごしてるの?」

「自分の部屋は他にちゃんとあるんですけど、仲良しの子と相部屋ですから。あんまり自由には使えないんです。そこで使われてないこの場所を整理して秘密部屋にしたというわけですっ」

 ちょっぴり胸を張る優愛ちゃんだけど、僕から隣にいるゆずはさんに視線を移した途端姿勢を元に戻したようだ。

「いっ、今『張ってもゆずはさんより小さい』とか考えませんでしたかっ?」

 ――なんて答えよう。とりあえず勘違いは修正しておいた方がいいと思う。

「……えっと、それは考えてないけど、どちらかといえばパソコンの側にあるものとか、ダンボール箱の中に詰まってるものの方が気になるかな……」

 そろそろこの部屋特有のものについて触れて行くべきかなとも思い、苦笑いと共に異質なその部分へと視線を向けた。正確には異質というほどの物体じゃないけれど、それが大量にあることで少し普通の部屋とは違う雰囲気を醸し出している。

「あっ、これですか? 私が集めてるものですよ。といっても捨てずにいたらたまっていったって感じですけど。ただの乾燥剤です」

 ダンボール箱に入った大量の乾燥剤。PCの隣にも結構な量が積み上がっていて、優愛ちゃんは机の側にある椅子に座ると乾燥剤を一つ手に取った。

「パソコン使ってる時常に両手って使わないじゃないですか。乾燥剤を弄る癖がついてしまって……う~ん、パソコン汚れてきてますかね」

 これまた近くにあるスプレー缶で埃を吹き飛ばしたりティッシュで拭いたりもする優愛ちゃん。

「最近ではダンボールから取り出すのもおっくうになっちゃいました。状態が悪くなったものは流石に捨ててしまうのでそこまで必死にって訳じゃないですけど、こんなにためるのは意外と大変だったんですよ~」

 ちらちらとこちらを窺うのは認めてほしいということだろうか。この言葉を口に出すのは促された感が否めないけど、別に嘘を言う訳じゃない。

「うん、こつこつ成し遂げたことって僕はすごいと思う」

「私もそう思います。たくさん集めたんですね、優愛さん」

「ほ、ほんとですか? 嬉しいですっ。心の奥で箕崎さん達ならきっとそう言ってくれると思ってましたっ。他のみんなに見せてもやっぱりというか反応がいまいちで……」

「何かこだわりがあるんですか? もう少し皆さんの気を引くものを集めるようにすれば――」

「……あんまり、お金はかけられないんです」

「っ……」

「っっ……」

 急に静かな言葉が発せられうつむいた優愛ちゃんがこの場の空気に変化を起こしたのかもしれなかった。ゆずはさんがとっさに口元を手で覆ったのは無理もないだろう。

「ご、ごめんなさい、その……」

「いえ、気にしないでください。おやつを我慢してまでのコレクター魂が無かったってだけですから。私、唯一の家族であるお母さんが病気で、ここにあるものはパソコン含めコードに至るまで使わなくなったからってもらったものなんです」

「……」

「……」

「こちらこそごめんなさい、なんだかしんみりさせちゃいましたね。箕崎さん達は私のこと、認めてくれたじゃないですか。私はとても良い気分なんですよ? それに今はこの藍方院家に来れて、すごく幸せに過ごしています。なので本当にお気になさらず」

 優愛ちゃんはそう言ってくれるけれど、僕達はきっと、口元しか微笑めていないと思う。それでも優愛ちゃんの笑顔でさっきよりは心が軽くなっただろうか。

「今日はわざわざお付き合いいただいてありがとうございました。お好きなところまでお見送りしますね」

 優愛ちゃんにつれられ、僕とゆずはさんは地下室部屋を後にする。上りのエレベーター内では下りほどではないけれど、ちゃんと楽し気な会話が交わされていた。

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